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不確かな約束②
「イヅル、今日どうしたんだ?なんかキレがわるいぜ?具合でもワリィのか?」
タイムの間、セッターを務める先輩からの言葉。
差し出されたスポーツドリンクを一口、二口と軽く飲む。
……自分でもわかっている。試合に集中できていない。
「スミマセン」
肩にかけられたタオルで汗をぬぐいながら、目をつむって自分自身に言い聞かせる。
……なにやってんだ、俺は。
試合に私情なんて必要ないのに。
こんな目眩がするような天気がいけない。
一番輝いていたあの時を思い出させてしまうから。
ごくりと大きく喉を動かして、タオルから顔をはなし、まっすぐにコートだけを見据える。
「……もう、大丈夫ッス」
タオルをベンチへ投げる。
両手で顔をパチンと叩きなおして、気合を入れなおした。
ーー試合再開のホイッスル。
浮かんでくるあいつの顔は首を大きくふって打ち消した。
……俺は、俺のできることをする。
後悔しないように精一杯がんばるまでだ。
ーーあれからもう3年。
心に巻き付いたままの鎖から、少しずつ抜け出していかなければならない。
◇
俺たちが離れてからもう3年の月日が経っていた。
あれから大学にも進まず、夜遊びの一つもしないで、有名クラブチームのある企業の推薦を受けた俺はくるひもくるひも練習一筋でやってきた。
そうすることで、もやついたままの気持ちを無理矢理消し去っていたんだ。
あいつとは連絡を取っていなかった。
高校を卒業したその日から、ただの一度も、だ。
それは俺たちが決めたルールだった。
『俺はお前と甘やかすだけの関係にはなりたくない。お前の隣に胸を張って並べるようになるまで……自分に納得できるまでお前には会わない。』
『じゃあ俺はそんなヒナに釣り合いがとれるように頑張るよ。とりあえずはレギュラー選手にならないとな』
『ああ』
交わした最後の会話。
ーーお互いに納得できるような姿になるまでは会わない。
不確かな約束。
だけど、それだけを信じてきた。
がむしゃらに練習を繰り返して、何度も何度も失敗を成功に変えて。そんな練習漬けの日々が実ったのか、入団して数ヶ月でチームの注目の新人としてコート入りが決まった。
念願のプロチームでの初試合。
多少の緊張はあったもののピンチサーバーとしての2回の登場とも得点に結び付く活躍。
そうして今ではこのチームのアタッカーまで上り詰めることができた。
とんとん拍子でレギュラー入りが決まった2年前のある日、卒業してから初めて俺はあいつにメールをした。
『レギュラー決まった。明日、電話する』
その時はやけに興奮していたのを覚えている。
ヒナはどう思っただろうか。
なんといってくれるだろうか?
期待にみちたメールだった。
でも……返事は返ってこなかった。
それどころか、次の日かけた電話はつながらなくなっていた。
あいつの家は知っていた。
けれど……あいつが連絡をさけている理由ーーそれがわかるから。
……今でも俺は信じて待ち続けているんだ。
◇
今日の試合はさんざんだった。
監督の厳しい言葉を受けたあと、これから俺たちはチーム全員でバスに乗って市街地にあるホテルに向かう予定だ。
今日の会場は高校時代をすごした場所。
だからかもしれない。だから……あんな幻想を抱いてしまったのかもしれない。
小さく首を振って会場をでた。
外をふく、まだ少し冷たい風。
快晴の空。見知った街並み。
「ーー……」
あのころよく通った道が、すぐそこにある。
なんだか胸の奥がやけに熱くなった。
「……監督。俺、トレーニングがてら走っていっていいですか?」
「え?トレーニングって、居鶴、お前ここから宿まで20キロはあんだぞ?」
「はい。この辺地元なんで……なんだか懐かしくて」
「……まあ、いいが。明後日も試合あるんだし疲れだけはためるなよ」
「はい!」
本来ならこんなチームワークを乱すような行動が許されるはずがない。けれど今日の試合で最悪なプレイしかできなかった俺をみて、何か思うところがあったんだろうか。監督の計らいに感謝しながら小さくお辞儀をしてバスにのるチームメイトを見送った。
まあ今日はこのあとは反省会という名の宴会が待っているだけだ。その時間に間に合えばいいだろう。
「……変わってないな」
バスが見えなくなった後、大きく背伸びをして呟いた。
街並みは多少変わっていた。
大きなビルも増えたし、見知らぬ建物もたくさんある。
けれど……
もう一度大きく息を吸って、目を閉じる。
瞳の奥のあいつといた、あの頃の思い出。
……何も変わってない。
小さな幸せを感じて、俺はホテルに向かって走りだした。
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