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不確かな約束④
木陰からもれる日差しが気持ちいい。モヤモヤした店内の暑さから開放されて、頭に巻いていた手ぬぐいを外して背伸びをした。とりあえず外にはでたものの、俺もイヅルも沈黙だった。
俺はまだ会うつもりじゃなかった存在に急にであってしまったことでとにかく混乱していたんだ。何からどう話したらいいのかわからなかった。
だいたい2年前、あんな形で自分から連絡をきったんだ。それをまだ目標にたどり着いてもいない段階である今、どう説明すればいいというのだろう。
それにイヅルは……イヅルは実はめちゃくちゃ怒っているのかもしれない。さっきのは人前だったから感情を隠しただけで……そう思うと、自分から軽々しく口を開くことはできなかった。
どのくらい沈黙が続いたのだろうか。休憩をとれるのはあとどのくらいだろうと立ち上がり携帯をとりだした時、ようやくイヅルが口を開いた。
「番号、変えたんだな」
「あ……ああ」
そんなたった一言に大げさなくらい声が裏返った。いきなり声をかけられたこともそうだけれど、番号も変えてイヅルとの連絡をたった携帯のことにふれられて、なんとなく罪悪感を感じていたんだ。
しかし微妙な相槌をうつだけで固まってしまった俺の耳に、いきなり噴きだすような笑い声が聞こえてきた。
「ぷ、はは!なんだよ、その声!ウケル!!」
「……っ、な、なんだよ、イヅル……!お、お前……怒ってないのかよ!?」
「怒る?何を?」
「何をって……いろいろと……っあんだろ、いろいろと!」
「ないよ。つーか、忘れたわ全部。今日お前に会えたから」
「イヅ……」
「久しぶり、ヒナ」
「久しぶり……」
――涙がでるかと思った。
あまりにも優しい顔でイヅルが笑うから。
あまりに嬉しい言葉をイヅルがかけてくれるから。
言葉に詰まって小さくイヅルと同じ台詞を呟くことしかできなかった。
隣に坐りなおすと、静かにイヅルが口を開いた。
「それにしてもお前がこんなとこにいるなんて、ほんとにびっくりした」
「俺だってそうだよ」
「や、そうじゃなくって……飲食店にしてもラーメン屋って、なんか、ヒナのイメージじゃないっつーか」
「俺のイメージって何よ」
「イタリアンとか、カフェとか?」
「ああ……」
確かにそんなことを大事にする時もあったかな。外見や周りからの見られ方。今だって全く気にしてないわけじゃないんだけど……。
イヅルにそう言われて、急に恥ずかしくなった俺はタオルから少しはみ出ていた前髪をもてあそぶ。
「……変か?」
「変……じゃないけど……まぁ、なんつーか……」
「……いいよ別に。どーせ似合ってねぇだろ?」
どう返したらいいのかわからないように苦笑するイヅルに拗ねたような返答をしてしまった。本当に久しぶりだからどう話していいのかわからないんだ。
似合っていないことなんて自分でもわかっている。汗水たらして暑い中で鍋をかき回しているなんて、高校時代には思いもしなかった姿だろう。
でも、これが一番目指す方向に近かったから。すぐにでも働きはじめたかったから。だからイヅルのあのメールのあと、迷わすここでバイトを始めたんだ。
小さくため息をついた。
……イヅルに笑われるかもしれない。
今、伝えていいものか迷った。
まだ俺はイヅルのように今の状況に満足できていないから。
ーーけれど伝えておきたい。
意を決して顔をあげる。視線の先にはあの頃と変わらないイヅルの瞳があって。それにひどく安心して言葉をつなげた。
「俺さー、調理師になろうと思ってんだよ」
「え?調理師?」
「ああ」
「へぇ、そっか」
「そっかって……あのなぁ、なんかねぇの?なんで?とか理由聞かねぇの?」
「アハハ。いや、聞かなくったって話してくれるんだろーなって」
「まぁ、そうだけどさ……」
なんとなく腑に落ちないと思いながらも、なんだか暖かい感情が胸の中に広がっていった。
……懐かしかった。
以前からイヅルはこういう話し方をするヤツだった。
変わらない、何も。……変わっていない。
「冗談だよ。この三年間ヒナがどうしていたか、すげぇ知りたい」
「イヅル……」
こうして俺の心を鷲掴みにするような台詞を言うところも。
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