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第3話
7時40分。
身支度を全て整えた社長を連れて、家を出る。
「晃は今日の会食来る?」
「ーーーもうすぐ職場なんですから、その呼び方は止めてください。」
「晃は晃じゃん。」
「ーーー・・・・・・あのねぇ、兄さん。」
高瀬透 。34歳独身。
祖父が会長を務める会社の社長。
そして、俺の兄でもある。
4年前の30歳になったときに、それまで叔父が社長だったが、体調を崩してしまい、それまで社長秘書だった兄が社長を継ぐことになった。それと同時に俺が社長秘書になったのだが。
「会食は一緒についていきますよ。」
俺が車の鍵を開けながら言うと、一瞬だけ心底嬉しそうな顔をする。
ーーー・・・・・・が、すぐに元の顔に戻り、後頭部席に乗り込む。
ーーー・・・・・・何、今の顔。
一瞬動揺しかけたが、すぐに引き締め、運転席に乗り込んだ。
「あ」
「ん? 何?」
「いや、何でもありません。」
「ふうん?」
今朝見た夢を思い出した気がする。
ガキの頃の夢だ。
あまりにも純粋すぎた自分に思わず、ふっと笑いが込み上げそうになったが、どうにか堪えて車を走らせた。
8時。
予定通りに会社へ到着し、エントランスに入ると、それだけで社内の注目の的となる。
弟の俺から見ても完璧に整えられた兄貴はそこそこイケメンなんじゃないかと思い始めている。
すれ違いざまに声をかけられ、それに応えて社長室へ向かう。
「社長」
「朝から疲れたーーー・・・・・・コーヒー入れて。」
来客時に使うソファに項垂れるように座る社長の言葉は予測済だったので、俺はお湯をすでに沸かし始めていた。
数分後、まだ項垂れていた社長の前にコーヒーを置く。
「お前、ホント有能だねえ。」
なんて言いながら、コーヒーを飲む。
一息ついてから、社長のデスクに今日中に終えなければならない案件を置く。それに目を通し、判をする。
その社長席から少し離れたところで俺は秘書業務をこなしていく。
外に出て挨拶周りをする日もあれば1日中社内にいる場合もある。
社長というのもそこそこ忙しい。
18時。
社内の予定を終え、本日最後の予定。
「社長、行きますよ。」
数分前から行きたくないとソファに座ったまま動かなくなった社長を連れ出そうと俺は必死。
いくら身内とはいえ、職場の上司との会食を欠席なんてありえない。
「だってさ、どうせまた結婚しろって話だろ?」
大企業の社長が30半ばで独身というのはよくわからないが色々とマズイらしい。
取引先からも延々とお見合い話が来て、会長のところにもその話がひっきりなしで来ているらしい。
お見合いのたびに断り続けるのも大変で、おそらく会長としては何とか体裁を整えたいんだろうけど。
「俺、結婚は無理だし。」
ーーー・・・・・・社長は同性愛者だ。
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