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第69話
スーツに着替え、より一層気合いを入れてネクタイを締める。
「よし。大丈夫。」
深呼吸をして、鍵やらを持っていつもよりは早めに家を出た。
車で数十分先の兄貴の、社長のマンションへ向かう。
地下に車を停めて、もう一度ネクタイをキュッと締め直してから、部屋へと向かった。
インターホンを鳴らすと、いつもの社長の声、けれど何よりも愛おしい人の声が聞こえる。
「来るだろうと思って開いてるよ。」
こういうところホント不用心だからやめてほしい。
前々から思ってるけど、もう何度も言ってるんだけどな。
兄貴曰く『お前が来るまでは閉めてるよ。』ってことらしい。
俺が家に入るととりあえず、スーツには着替えてる兄貴が小さめの棚から何かを取り出して俺に向かって投げる。
「ちょ、おわっ、な、何?」
投げられたものを受け取り、確認するとーーー・・・・・・。
「鍵?何の?」
「ここの家の鍵。今度からそれで入れよ。」
「・・・・・・合鍵までもらったら本当に社長付執事になったみたいなんだけど。」
鍵を見つめながらそう言うといきなりネクタイをグッと引っ張られて口付けられる。
「アホ。そんなんじゃねえよ。それは、恋人としていつでも来いってことだよ。俺が呼ばなくてもな。」
あ・・・・・・そういうことか。
言われて初めて盛大な勘違いをしてたことに恥ずかしくなる。
もらった鍵は車と自宅の鍵がついているキーケースにつけた。
今までの彼女はおろか、合鍵を誰かに渡したこともなければ渡されたこともないから、不思議な感じというか照れくさい。
「ふっ、そんなに嬉しかったか。可愛いな。」
顔をのぞき込まれて頭を撫でられる。
そのままキスされそうな勢いで俺は慌てて兄貴から離れた。
「・・・・・・おい。」
少し低めに呟かれた声に一瞬ビクっとするけれどもうすぐ出社なんだから我慢してほしい。
「朝ごはん、まだでしょ。急いで作るんで待ってて下さい。」
「チっ、後で覚悟しとけよ。」
背後で何やら物騒な呟きが聞こえた気がしたけど、それを無視してキッチンで軽く朝ごはんを作る。
包丁で野菜を切ってる最中、後ろからぎゅうっと兄貴が抱きついてきた。
「うわっ!びっくりした。危ないだろ。」
「覚悟しとけって言っただろ。お前は気にせずにこのまま料理してていいよ。」
そう言いながら耳元で息がかかるようにしゃべるから、心臓がドキドキと加速して料理どころじゃない。
ちゅっと耳やら首筋やら項やらに口付けられる音がダイレクトに響くからその度に身体が震える感覚。仕事どころじゃなくなるからやめてほしいのにーーー・・・・・・。
「・・・・・・好き。」
何度も聞いているはずの声が、二人しかいないのに囁くように言われる声音がーーー・・・・・・脳に直接響くような感じがして、身体が疼き始める。
限界。兄貴の馬鹿野郎。
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