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第六章 蛍祭りの夜

 しとしとと、雨の降る日のことだった。  アトリエには、半裸の玲衣。  それと、鉛筆を走らせる哲哉。  静かだ。  静かな二人だけの時間を、ふと哲哉が破った。 「玲衣は、何かやってみたいことはあるか?」 「やってみたいこと、ですか?」  ポーズを崩さないまま、玲衣は答えた。 「一度、お屋敷の外へ出てみたいです」 「外、か」  哲哉は、恐れた。  そのまま、玲衣がもう帰ってこないのではないか、と。 「哲哉さまも、一緒に」 「私も、か?」  これには参った。 「私と一緒に外出したいと言った子は、君が初めてだ」 「哲哉さま、あまりお屋敷の外へは出られないようですから」 「外出は、嫌いなんだ」  だから、屋敷内でも執務できる投資の仕事をやっている。  時に要人と会うくらいで、その生活はインドア中心だ。  哲哉は、人と触れ合うことが嫌いだった。  たとえそれが、見知らぬ人とすれ違うだけであっても、だ。

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