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第七章・8

(これは……)  玲衣が選んだ画集は、哲哉の好きな画家のものだった。  今、絵を描いているのも、彼のような絵を描きたい、からだ。 「玲衣。以前君に、私がこの画家を好きだ、と伝えたことがあるか?」 「いいえ。でも、そうなんですか?」  初耳だ、と玲衣は驚いた。  そして、喜んだ。 (僕、知らないうちに、哲哉さんと好みが近づいているのかも)  哲哉もまた、嬉しく感じていた。 (玲衣は、私の絵を好ましく思っていてくれるのか)  本に、レジ横に飾ってあったシンプルな猫のデザインされた栞を添えて、玲衣に渡した。 「栞は、おまけだ」 「ありがとうございます!」  本の入った袋を手に、玲衣は喜んでいる。 (楽しそうな玲衣を見るのは、好きだ)  これは、言葉に出した方がいいのだろうか。  哲哉は、言葉を慎重に選んだ。  だが、どれもピンとこない。  だから、素直に口にした。 「楽しそうな玲衣を見るのは、好きだ」  すると彼は頬を染め、哲哉に返した。 「哲哉さまは今、楽しいですか?」 「楽しいとも」 「僕も、楽しそうな哲哉さまが、好きです」  なぜだろう。  玲衣が、好き、と言うと、無性に嬉しくなる。  そして、切ないほどの心情が、せりあがってくる。 (何だろう、この気持ちは)  それは今、胸にしまったまま、哲哉は二人で歩き始めた。

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