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第八章・7

 ソファに掛けたまま、玲衣を抱き寄せた哲哉は、その頬に手を添えた。  優しく、ふわりと。  壊れものを扱うように、そっと触れてくれた。  唇が重なり、二人は息を溶け合わせた。 「ん……」 (哲哉さまの口は、いつもミントの良い香りがする)  夢中でキスに溺れながらも、玲衣は頭の隅でそのことを思っていた。  アルコールの臭いを、ぷんぷんさせていた父とは大違いだ。 (ダメ。今は、哲哉さまのことを。哲哉さまのことだけを考えるんだ)  だが、この今が幸せ過ぎる。  いつか、この幸せが砂糖菓子のように崩れていくのではないかと、怖くなる。 「……さ、ま。哲哉さま」 「どうした? 私はここだ」  玲衣は、哲哉の袖にしがみついていた。  思い出すにはあまりに不吉な、父親の姿。 「哲哉さま、好きです」  振り払うように、玲衣はとっておきの呪文を口にした。 「私も好きだ、玲衣」 「哲哉さま!」  これ以上、何を求めることがあろうか。  玲衣は、今この時の幸せを噛みしめていた。

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