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第九章 海で

 哲哉と玲衣は、二人そろってよく外へ出かけるようになっていた。  山に、川。  動物園に、水族館。  そして、海。 「玲衣、カニがいるぞ」 「あ、本当だ」  砂浜で拾い上げたカニを、哲哉は手のひらに乗せた。 「可愛いですね」 「ああ、そうだな」  何気ない、日常。  些細な、日々。  だが、たまらなく愛おしい、一日。  そんな幸せを、哲哉は玲衣から感じ取るようになっていた。 「哲哉さま、カニに挟まれてますよ!?」 「うん。少し痛い」  だが哲哉は、カニを乱暴に投げ捨てたりしなかった。  取るに足りない、小さな命。  それでも、玲衣の前で邪険にすることはためらわれた。  哲哉がかがみ、波に手のひらを打たせると、カニは静かに離れて行った。

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