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第十章 動転

 朝から、玲衣はご機嫌だった。  今夜、哲哉と共に花火大会に出掛ける予定なのだ。 「しかも今日は、哲哉さまと待ち合わせなんです」 「そうか。もうお出かけになられたものね」  哲哉は商用で、要人と面談があるのだ。  すでに外出しており、夕刻に玲衣と落ち合う約束がしてあった。 「待ち合わせのデート、初めてなんです」 「うん、嬉しいよね」  そして、人ごみの花火大会だ。  喜んで見せつつ、池崎は不安も覚えていた。 (もし、玲衣くんがこの機会に逃げ出したら……)  彼らの絆を思うと、それは無い、と考える。  しかし、万が一、ということもある。  玲衣に今去られたら、哲哉は限りないダメージを受けるだろう。 (もう二度と、心を開いてくださらないかもしれない)  それを、池崎は恐れた。 「玲衣くん。お出かけには、このシャツをお勧めするよ」 「いつもありがとうございます、池崎さん」  肌触りの良いポロシャツを、池崎は玲衣に手渡した。  何の疑いもなく、それを受け取る玲衣だ。  しかし、そのシャツのボタンにはGPS端末が仕込んであった。  どこにいても、居場所がわかる代物だ。 (多分。いや、絶対に杞憂だろうけど)  池崎は、祈る気分だった。

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