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第十章・5
哲哉がフィッティングルームへ戻ると、そこには脱ぎ捨てられた浴衣だけが残っていた。
「玲衣は、どうした?」
辺りを見渡したが、それらしい姿は無い。
「おかしいな」
呉服店のスタッフに訊ねたが、玲衣を知る者はいなかった。
玲衣を探しながら、哲哉の心には身も凍るほどの恐怖が芽生え始めていた。
「まさか。まさか、玲衣が……」
逃亡?
「嘘だ。まさか、そんなことは無い」
今朝も、一緒に楽しく食事をしたじゃないか。
さっきまで、共に笑い合っていたじゃないか。
哲哉は、生まれて初めてうろたえた。
取り乱して、叫びたくなった。
それをとどめたのは、池崎からの電話だった。
「もしもし。池崎か?」
『哲哉さま。そこに、玲衣くんは一緒ですか?』
「いや、それが。彼がいなくなってしまって……」
『玲衣くんは今、おそらく乗り物に乗っています。GPSの位置が、速く動いています』
「池崎。君は玲衣に、発信器を付けたのか?」
『お叱りは、後で。とにかく、私は自動車で後を追います』
ここは、池崎を頼るしかない。
哲哉はそう判断すると、自分の今できることを始めた。
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