84 / 87
第十二章・6
「言ってみてくれ。哲哉さん、と」
「む、難しいです」
「じきに、慣れる。さあ」
「じゃあ……。哲哉さん」
うん、と哲哉はうなずいた。
何度も、何度でも。
「もう一回」
「哲哉さん……、哲哉さん!」
「ああ、玲衣。ありがとう」
二人で抱き合い、喜びを分かち合った。
こんな些細な幸せを掴むのに、ずいぶん回り道をしてきた。
だが、もう離さない。離れない。
長いこと、二人は抱き合い、寄り添い合った。
この生きている瞬間を、実感を、交わし合った。
ともだちにシェアしよう!