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第5話
「表向きは離れてるようなもんだよ。風俗系との連携がなければ、上品な社交クラブだ」
しかし、実態は真っ黒だ。母体となるデートクラブを隠れ蓑にして、売春、乱交、カジノと非合法な乱痴気騒ぎの興業元になっている。
岡村が管理を継いだのはデートクラブだけだと思っていたが、どうやら非合法興業全般だ。内部組織については詳しく知らないが、見た目とは真逆にそつのない岡村が忙しいと言うのだから、雑務は山のようにあるのだろう。
「なるほどね。ほんと、おまえはうまくやったよな。後釜を狙ってるヤツはけっこういたのに」
田辺の言葉に、岡村はまたため息をつく。
「金は入るけど……」
「時間なんて、新条の方に作らせておけばいいだろ。それに、クラブで使ってる薬があれば……あ……」
地雷を踏んだと、瞬間で理解した。
岡村の冷たい一瞥を受け流し、不発で済んだ地雷からそっと足を離す。
「悪かったよ、冗談だ。おまえがそっちをうまく回していけば、当座の岩下さんが金に困ることはないな」
「なにを考えてるんだ」
岡村が静かに問うてくる。答える代わりに、田辺は食事へと没頭した。
声の響きで、岡村の言おうとしていることがわかった。岩下が金に困らなければ、おまえはどうするつもりだと言いたいのだ。
それについては答えるつもりがない。田辺は話をすり替えた。
「そのうち、新条がやるのか、その仕事。それとも、おまえが金だけ融通するのか……? そういうことだ」
岩下はほかにも金の流れを持っている男だ。佐和紀の世話係である岡村を後釜に据えたのは、嫁の収入源とするためだとも考えられる。秘密の顧客リストについても、岡村と佐和紀のふたりが管理するなら万全だ。佐和紀に惚れている限り、岡村が裏切りに走ることは考えられない。佐和紀には無意識に人を縛るところがある。男に対して顕著で、そこも田辺が気に食わなかった部分だ。見た目のまま清楚で従順で、女のような存在だったなら、どうやってでも自分のものにしただろう。その結末は、ありきたりな破局だ。
傷つくのは佐和紀で、田辺の生活はなにも変わらない。そんなことを想像すると、苦々しい気分になる。自分の中にある邪悪さが首をもたげ、大輔に知られたが最後、嫌われてしまいそうだと心配になるからだ。
自分より弱い存在に対して冷徹で、徹底的に虐げることができる。その瞬間の田辺には罪悪感などなく、自己満足に酔うばかりだ。
岩下にさえ性格が悪いと言われたことを思い出し、田辺は内心で失笑した。いまでも褒め言葉だと信じている。あの頃は、誰かのために罪を犯したい時期だった。
いまは、大輔を満たすことで、すべてを贖う気分だ。けれど、これまで傷つけた相手のことなど微塵にも頭にないし、重ねた罪に後悔もしていない。過去は過去だ。そこにいた自分を否定する気もなかった。
田辺が埋め合わせたいと願うのは、ひたすらに、大輔との関係についてだけだ。
男である大輔を振り向かせ、彼の人生に干渉すること。そして、自分の人生を傾けたいと願うときの痛みと苦しみ。隣り合わせの幸福。
それらを正当化するためだけに、田辺はなるだけきれいな手段を選ぶと決めていた。
大輔が満ち足りていれば、世界はすべて美しい。そう思うときがある。
「あの人は、嫁を、外に出すつもりなのか」
いつかは聞こうと思っていたことを口にする。
「佐和紀さんは、家の奥に入っていられる人じゃない」
岡村はさらりと言った。
「顔だけ見てれば『深窓のなんとやら』なのにな。でも、神経を使うシノギができるタイプじゃないだろう」
バカだから、と言いかけて、田辺は口ごもった。岡村は黙って目を伏せる。田辺の言おうとしたことに気づきながら、衝突を避けて無視を決め込む。
「まさか、こおろぎ組を継ぐとか? っていうか、いつ聞いてもふざけた名前だよな」
初代が興梠(こおろぎ)姓だったとか、こおろぎ相撲の興行で一山当てたとか、由来の説はいくつかある。
地元に昔から住んでいる年寄りに聞くと、懐かしそうに目を細め、思い出が口なめらかに溢れ出す。こおろぎ組は、そういう組だ。暴力団というより、地に根付いた侠客集団に近い。
「新条は、組長って器じゃないな」
田辺の勝手な断言を、岡村は聞き流した。黙ったままだ。
「あれ、意外……。食ってかかるかと思ったけど? 惚れた弱みで目が曇ったわけじゃないのか」
「いまはまだ、そのときじゃない。それより、田辺、おまえはどうなんだ。岩下さんの金回りの心配なんかして、足抜けするつもりか?」
ぐさりと一刺しされて、田辺はさりげなく視線をそらす。
おとなしく話を聞いていると思えば、ここぞと核心を突いてくるのが岡村らしい。
岩下がデートクラブから距離を置き、それが佐和紀の管轄となっていくのなら、金の流れも新しくなる。これまで『岩下の長財布』と呼ばれ、表立って用意できない大金をドンと積んできた田辺も変化を求められるだろう。
これまで通りに金を流すのか。ここあたりが潮時と身を引くのか。佐和紀の存在を利用すれば身の振り方は選べる。反対に、潮目を読み間違えれば、渦中へ飲み込まれかねない。
大輔のためにも、慎重にならざるをえない状態だ。できれば、足抜けを果たし、ただの男としてそばにいたい。その思いは日毎に募る一方だ。
「……やめておけよ。路頭に迷うぞ」
岡村の声は真剣だ。田辺の心を読んでいる。しかし、田辺は素知らぬふりで答えた。
「どういう意味だ」
本心を明かさず、しらを切る。いまはまだ、相談を持ちかけるときですらない。岡村にも岡村の都合がある。佐和紀を利用すると知れば、無駄な反発を生むかもしれず、まだ見極めが必要だ。
「俺の方は、クローズに入ってる。もうしばらくすれば、休眠だ」
岡村の話を無視して、シノギにしている投資詐欺の話を振る。
どんな詐欺でも同じ手口を繰り返すには限度があり、演者が同じならなおさら、引き際が肝心だ。田辺は特に、自分の顔で女を騙しているから、定期的にすべてを清算する。
休眠期間中は、詐欺仲間の手伝いをすることもあれば、しばらく遊んで暮らすこともあった。その間も余剰金を運用してもらっている利益で、岩下にまとまった金を渡す。運用を任せているのは、海外に出た大滝組組長のひとり息子・悠護(ゆうご)だ。
彼はトレーディングの会社と関わっていて、悠護と周平の橋渡しも田辺の仕事のひとつだった。それも含めて考えれば、ヤクザから足抜けができても、足を洗えない矛盾があることはわかっている。
岡村が向けてくる心配もそこにあった。
「おまえが休めるのは、戻ってくるとわかってるからだろ」
案の定、予想通りのことを言われる。
「二度と戻らないとわかっていても、アニキが許すと思うのか?」
「まぁ、俺に対しては、そんな優しさはないだろうな」
岡村なら話は別だ。ヤクザからの足抜けは、組からの除名であり、後腐れなく業界から足を洗える。そこが岡村と田辺では違っていた。足を入れた沼の違いだ。
ずいぶん前から知っていたことだった。岩下がシビアなのは、岡村よりも田辺が自立していて、独り立ちでやっていけると信用されていたからでもある。岡村はいつでもカタギに戻れる立ち位置に置かれていた。必要がなくなれば、手放すつもりでいたのだろう。
それをうらやましいとは思ったことはない。厳しさは期待の表れだと信じ、岩下のために稼ぎ、貢いできたのだ。
ときどき意地が悪い岩下の背中を追いかけ、いつかは超えてやると憧れた。
「指なんて、欲しくもないだろうしな。物や金で動く人ならいいけど」
宙を見つめた田辺は、ぼんやりとつぶやいた。
「新条には頼りたくないしな……」
「頭をさげれば、話は早い」
岡村の返事は、本気ならと言いたげだ。田辺は苦笑いで肩をすくめた。
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