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第27話 痕跡をなぞる(*)

「きみを食べてしまいたいです、愛しいオデル……」  レナードの戯言に、オデルは律儀に頷いた。 「は、い……っ、あなたが、望むなら……」  唇をほどくと、ふに、と柔らかなレナードの感触がして、舌が入り込み、オデルの歯列を手前から奥へとなぞってゆく。ぞくぞくと愉楽が背筋を走り、アルファの放つ甘い香りがオデルの鼻腔を満たした。同時に、昨夜、付られたばかりの愛咬の跡が疼き、期待が高まった。 「ぁっ……そ、れ……っ」  温かく、乾いたレナードの指が、オデルの胸に色づく粒を転がすと、声が出てしまう。 「こうされるの、好き、ですか……?」 「んっ……」  頷くと、驚くほど繊細に、ぷくりと尖ったそこをゆっくり押し潰し、離される。切り揃えられた爪と皮膚の境い目で引っ掻かれると、オデルはもう、どうしようもなくなってしまう。 「抑制剤は、まだ?」 「ぁ、は、はい……っ」  レナードに尋ねられて、オデルは思い出していた。発情抑制剤の効果は概ね一日、乃至、長くて一日半だ。昨夜は抑制剤を服用しないでレナードとした。今朝も目覚めてから、飲んでいないことから、これからは、薬の抜けつつあるタイミングでの交わりとなる。レナードの気配が獣のそれに変わりゆくのを感じながら、危惧している状況に近い状態になっていることに気づいたオデルは、肚を括った。  互いにリミッターが外れた状態でしたら、昨夜以上にどうにかなってしまう可能性が高い。さらに、素の状態で交尾をおこなうと、孕む確率が上がるという通説もある。それらすべてを飲み込んだ上で、オデルはレナードと交わりたいと思った。  下衣をまさぐられ、侵入したレナードの指先が、オデルの屹立の先端から下へと、後孔を目指してなぞってゆく。期待に臓腑の奥が満ちる感覚がした瞬間、オデルは自分の匂いが艶やかに変わるのを自覚した。 「ぁ……っ」  こつんとオデルの額に、レナードが額を付ける。 「怖いですか……?」 「っ……ん、っ」  オデルが頷くと、レナードは笑みをみせた。 「私も、少し怖いです」  その言葉に、オデルは今度こそ間違わないと決めた。本当に欲しいものを、自分の意志で掴みたい。今まで間違った分、レナードをちゃんと愛したい。 「でも、ぼくなら……か、覚悟は、できて、ます……っ」 「……ありがとう、オデル」  切なげに笑むレナードの鼻先に、オデルは鼻をくっつけた。愛情を表現するのはまだ慣れないが、親愛を表す方法を、片っ端から試したい気分だ。レナードにぴたりと嵌まるものが見つかったら嬉しいし、嵌まらなくても、好みを絞り込むことができる。 「ぁ、く……っ、んっ」  胸を虐められながら、レナードの指がゆっくりオデルの中へ挿入ってくる。少しは慣れた気がしていたが、最初の衝撃はやはり軽減できなかった。息を浅く吐き、馴染むのを待つ間、レナードが気を紛らわせるように、オデルの胸の尖りを甘い仕草で円を描くように弄る。 「まだ……柔らかさが、残っています……。私の形を、覚えていただけますか?」 「は……ぃ、っ……、教えて、くださ、い……っ」  探られるうちに中が潤みだすのがわかったオデルは、無意識のうちにレナードのナイトウェアの裾を掴んでいた。 「ぁ、っ、ぁ……! んぁ、っ、ん……っぁ!」  昨夜、覚えたばかりの場所を緩やかに押されるだけで、眩い快楽が湧き出る。ほどなくレナードの指が複数になり、散々された腹側の皮膚の薄い場所を掻かれると、腰が浮くほど感じてしまうオデルだった。レナードはすっかりそこを気に入った様子で、頬や瞼にキスを落としながら、中を開拓してゆく。 「レナ……ッ、も……ぅ」 「ん……?」  声を抑えられなくなりつつあったオデルが訴えると、レナードは問うように首を傾げた。 「も……っ、ぃ、です、から……っぁ、っ……!」  しかし、早く欲しいと焦れるオデルを観察するのが楽しいのか、中にもう一本、指を増やされる。 「昨夜……悦んでいましたね?」 「ぁっ、はぁ……っ、挿れ、て……っ、くださ、ぃ……っ、も、っ欲しい、です……っ」  オデルが願いを口にすると、レナードはしばらく躊躇った。レナードのナイトウェアを掴んで、哀願するオデルを眺め、迷った様子を見せたが、やがて己の屹立を取り出すと、オデルの首筋にくちづけながら、そっと懺悔した。 「きみに、これを見せるのは……気が引けるのですが」 「っ……」  そうして露わにされたレナードの剛直は、オイルランプの灯りの中で見たそれとは、違っていた。早朝の陽の届く場所で見るレナードの屹立は、昨夜の印象よりもさらに巨大で、逞しく反り返っていた。 (こんな……っ、の……っ)  目を瞠ったオデルに、レナードが恥ずかしそうに言う。 「……すみません、制御が利かず……。きみに無理を強いるかもしれません」  隆々とした偉容に息を呑んだオデルへ、レナードは気遣う意志を見せた。 「レナード……もしかして、昨夜は……、ぼくに遠慮していましたか?」 「……少しだけ」 「これ……これが、最大……です、か……?」 「はい……いいえ……。わかりませんが、近いとは言えます」 (すご、い……っ)  躊躇するレナードを、それ以上、問い詰めることはできなかった。そこではたと、もしかして、レナード自身も予測できないような事態になっている可能性に気づいたオデルは、ごくりと喉を鳴らし、意を決した。 「レナード、ぼくに遠慮は不要です」 「え……?」 「ぼくはオメガです。オメガはアルファと番うように、身体ができているはずです。気遣いは嬉しいです。とても、レナードらしくて……。だから、して……ください、ぼくに……っ。きっと、平気、ですから……」 「オデル……」  オデルは男性オメガだ。径が、指が回り切らない太さでも、女性や、別の第二種性別の者よりは、身体に喰むだけの余地があるだろう。オメガに生まれたことを恥じたことしかなかったが、この時のために、レナードのために、この身体があるのかもしれない。運命なんて頼りない風説みたいなものだと思ってきたが、レナードとの絆がつくれるのなら、根拠のない噂も悪くなかった。 「しましょう、レナード……今度こそ、ぼくが……挿れます」  受け入れると決めた。どんなものでも、レナードがくれた愛を、オデルも与えようと決めたから、ふたりならきっと大丈夫だと思いたい。  レナードの指が増えた理由が、自身を制御できないがゆえの、オデルへの気遣いなら、容易くはないが、きっと大丈夫だ。オデルは両膝でレナードの腰を跨ぎ、腰を浮かせてレナードの屹立を、後孔に接着させた。 「好き、です……っ」 「でも、オデル……ッ」  壊したくないと言われて、実感がやっと湧く。同時にレナードにも、自由になってもらいたい。レナードの指が水音とともに後蕾から抜かれ、とろりと愛液が溢れた。これだけ濡れていれば、どうにかなるだろう。それに、この大きさで擦られたら、どうなってしまうのだろうという期待も、少しだけあった。 「んっ……っ」  ぬち、と卑猥な音をさせて、オデルの後孔がレナードの形を覚え、変わってゆく。 「く……、ぅ……、は……っく、ぁ、ぁ……っ」  ぐにゅりと拡がる孔が、挿入を拒むようにきつく伸ばされる。先端部分が一際、立派な分、そこを越えれば望みはあった。昨夜の記憶を呼び覚ましながら、レナードの形を絶頂の瞬間と結びつけて脳裏に定着させる。未体験の質量を喰むことへの愉楽が、オデルの体内に熱く滾り出していた。 「オデル、無理は……っ」 「ぁ、すご……っ、おっき……ぃっ」 「オデル……ッ、お願いです、きみを壊したくない……っ」 「ぁ、ん……っ、あ……っ、挿入……った、ぁ……っ」 「オデル……!」  がくがくと膝が鳴り、ずるずると太腿が開き、先端部分が挿入される。難所を越えると、そこから先は、昨夜の復習と、レナードの気遣いと、オデルの努力でどうにかなりそうだった。まだ、根元までは嵌まらなかったが、半分ぐらいをおさめてしまうと、オデルは汗だくのまま、レナードがしがみついてくるのに身体を任せた。 「気持ち、ぃ……っです、か? レナー……」 「きみは……っ、どうして……」 「あなたに、たくさん、もらった、から……っ、恩返し、を……」 「そんなの……! ああ、オデル……きみの中が、熱、くて……っ」  どくどくと脈打つ屹立が、オデルの中で存在を主張している。引き寄せられてレナードに抱きしめられると、レナードの鼓動がオデルのそれと重なった。 (あ、これ……気持ち、ぃ……っ)  オデルがそっとレナードの背中を撫でる。長い間、そのまま抱き合っていたが、やがて体勢が不安定なことを悟る前に、オデルの脚には次第に力が入らなくなってゆく。 「中……っ、どきどき、して……っ、レ、ナード……ッ」  多少の罪悪感とともにレナードに体重を預けると、オデルを抱いたレナードは、首筋に額を埋めるようにして少しだけ嗚咽した。 「無茶を……きみを、私は叱るべきでしょうか……? オデル、きみが、こんな状態の……私を、受け入れるだなんて……っ」 「ぼく、は……初めて、ですが、少し、は……頼りに、なりますか……?」 「とても……気持ちいい、です」 「……ぼくもです」  オデルが破顔すると、レナードは一瞬、空白になったかのように、その表情に見惚れた。 「ぁ……段々、すこ、しで、すが……っ、慣れて、きま、す……っほら」 「中……熱くて、きみの、鼓動が、わかります……っ」 「ん……っ」  やがてレナードが、思い出したようにオデルの胸に指を伸ばした。朱く色づいた尖りが、あやすように、時に唆すように、優しく弄られる。 「ぁん……っ」 「ここを、弄ると、きみの中が……」 「ぁっ、は……っ、レナー……ッ、それ……っん」 「ぎゅっと締まって、私を……抱きしめてくれます」  キスをねだり、オデルを陶然と覗き込むレナードに、オデルはどきりとしてしまう。そのまま腰を少し左右に揺らし、様子を見ながら、再びオデルが膝に力を込めようとすると、レナードに腰を支えられたまま、肩にぐりぐりと額の汗をなすり付けられた。だが、濡れた感触が涙を我慢してのものだとわかった瞬間、オデルの中からも、熱い衝動が湧き上がった。 「動いて、も、い……? です、か? レナード……ッ」  レナードが躊躇うのを、オデルは強引に脚に力を入れた。 「オデル……ッ」 「は、ぁ、これ……っ、レナードが、わか、って……好き、です……っ」  慌てた様子で静止しようとしたレナードが、オデルの中で硬さを増すのがわかった。レナードの屹立が角度を変えると、それまで苦しみが先立った感覚がわずかにずれ、壁に擦り付けられるようになり、やがて奥が、じわじわと蠢き出すのをオデルは驚きとともに自覚する。 「ぁっ、っこれ、奥、が……っん、ぁっ!」 「きみ、は……ここを、擦ると……っ」  奥歯を噛んだレナードが、そろりと下から突き上げる。同時に、奥の壁だと思っていた場所が潤み出し、受け容れようと変わりはじめるのをオデルは自覚した。 「っに、これ……っ? レナード……ッ、ぁっ、それ……ぇっ!」 「昨夜のきみは……っ確か、この辺り、までで……っ」  しつこいほど感じる場所を削られて、そのまま奥に圧をかけられる。押さえるような重い衝撃とともに、レナードの先端が、オデルの壁だった場所を、こじ開けようとしていた。 「んっ、ぁ……、好きに……っ、して、くださ、い……っ、あ、あなた、が、欲しい……っ」 「っわかり、ました……っ」  息がちゃんとできているのか、実感がない。ゆっくりとした挿入は、オデルの負担を考えればベストだろうが、手加減されると、もどかしい苦しみが続く。だから、壁の途中のオデルのいい場所を擦られるより、奥を、やがて抽挿を繰り返すうちに、叩くように突き上げられると、甘い悲鳴が止まらなくなった。 「ぁっぁ、ぁ……っ! じ、らさ、な……っ!」  媚びるような艶めいた声がオデル自身のものだと、半分しか認識できないほど、強烈な愉楽に揺さぶられる。昨夜とはまた違う、新たな快楽の源泉となる場所をねっとりと責められ、時折、いきそうになるとはぐらかされ、再びかき回される。内壁がレナードに慣れてきた頃を見計らうように、淫らな水音をさせる一方、レナードの愛撫とくちづけは、オデルの全身に及び、文字通り蕩けるまで、容赦されなかった。 「オデル……、オデル……ッ」 「んぁ、ゃぁ……っ、も、して、し、して……っ!」  甘えた声を上げてレナードにしがみつき、やがて何回されたかわからないほど、高みへ押しやられては、引き戻されることを繰り返されると、感じすぎて、身体の感覚が正常範囲内にあるのか、壊れはじめているのか、わからなくなってゆく。 「レナード……ッ、好き……っ!」  どんなになっても、変わらないと信じられることを、気づくと零していた。それを合図にギアが一段上がったように、レナードは、奥を抉るように腰を打ちつけはじめた。 「っぁ、あぁっ……!」  オデルは必死でしがみつき、レナードに付いていこうとする。結合部は愛液と垂れ落ちてきた先走りの透明な粘液で濡れ、じんじんと身体の芯から湧き上がる愉楽が凄まじすぎて、ちゃんと声を出そうにも、喘ぎ声にしかならなくなっていた。  そんなオデルの耳元で囁くレナードの筋肉が、ぎゅっと一段、硬くなった。 「きみの、いちばん、深いところに、挿れます……っ」 「ぁ……! っん! ぁあっ……ん、ぁっ!」  刹那、レナードの先端が、奥の壁にめり込むのがわかった。 「ひぁ……っ! あ! あ、ぁ……っ!」  仰け反るオデルをかき抱くようにして、レナードはそのままさらに腰を進める。と、それまで壁だと思っていた場所が歪に縒れ、新たに現れた最奥へ、先端部分がぐぬりとめり込んだ。 「ぅぁん……っ! ぁ、あーっ!」  刹那、えもいわれぬ眩さとともに、オデルの脳裏で白い闇が弾け、鈴口からは水のようなものが吹き出した。 「っ……ぁ、ぅ、そ……っ? ごめ……っ」  自身の突然の身体の変化に半泣きになりながらオデルが詫びようとすると、レナードがその唇をそっと奪った。衝撃の強さにくたりとなったオデルに、レナードは深くくちづけると、離れたあと、頬ずりした。 「驚きました……潮、ですね」 「し……お……? 何……?」 「潮を、噴いたのです。とても気持ち良かったのでは?」  どうやらよくわからないが、恥ずかしいものではないようだと理解したオデルは、もう力の入らなくなった手で、ぎゅ、とレナードのナイトウェアの端を握った。 「きみの、奥に、出しても……? オデル」 「はい……レナード。好き……です」  一時停止していた抽挿をゆっくり再開したレナードに、オデルはどうにか掴まり、そのリズムに合わせた。身体が限界を超えてしまっているのは理解できたが、その向こうに比べものにならない悦楽が待っているのを、知ってしまったら、もう後戻りできなかった。 「ぁ、ぁっ……レナード! もっ、もぅ……っ!」 「ええ、っ私、も、です……、オデル……ッ」  もうすぐくると予期できる大きな波がオデルを攫おうとしていた。ぐりぐりと開いた奥へ、レナードが先端を抉るように突き入れると、もう呼吸もままならないまま、オデルは達しようとしていた。 「ぁ、ぃっちゃ……っ! も、ぃっちゃぅ……っ!」 「どうぞ、っ……!」 「あぁー……っ!」 「く……!」  数度、強引にすら感じられる強い抽挿があったかと思うと、腹の奥に熱い迸りが叩き付けられる。その瞬間、オデルもまたこの上ない悦楽に押し流されるようにして、白濁を吐き出していた。 「好き、です……オデル、ッ……きみ、が……っ」  幾度かにわたる長い射精を終えたレナードが、がくりと崩れ落ちたオデルの身体を抱き支える。 「愛して、います……オデル、きみが、笑ってくれたから……好きです」 「んっ、ぼく、も……レナードを、愛し、て……ま、す」  ふたりはそのまま強く、心ゆくまで互いを確かめ合うように抱き合い、シーツに沈んだ。  そして、その日の午後——往診にきた医者から、ふたりして、大目玉を食らったのだった。

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