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第102話
俊也side.
授業が移動教室だった俺は教室へと一人歩いていた。
遥斗との婚約のせいで樹や涼太を巻き込んでしまってる...。
その事実に肩を落としながら歩を進める中、ふと、微かに開いた扉から覗くピアノに足が止まった。
音楽室。
片手に持っていた教科書とノート、筆記用具を入れた缶ケースをピアノの上に置いて、鍵盤を見つめる。
片手で鍵盤を鳴らしていると、自然と笑みが漏れた。
次の授業まで時間もあるし...。
俺はピアノの椅子に座り、みんなで行ったショッピングモールで弾いた以来にピアノを鳴らした。
中学の頃に自宅に閉じ込められていた際、特に弾いていた。
好きだった女の子の自殺は俺の精神を蝕んだ。
俺と出会いさえしなければ...何度そう思ったか。
俺のせいで死んだ、俺が殺したような錯覚すら覚えた。
ピアノがくれる旋律と活字が俺の脳裏にある虚心を癒してくれた。
「また、みんなでカラオケ行きたいな...」
もっとメドレーで繋げてみたい、色んな曲を弾いてみたい。
ピアノを弾いている時は、つい微笑んでしまう。
あの頃すらも...。
「...古閑?」
不意に近くから呼ばれ、ピアノを弾く手を止め相手を見ると...遥斗?
「へー、驚いた。ピアノ上手いんだな、お前」
....違う。
一見、見た目は似てるが兄の和斗だ。
「なあ、リクエストしてもいい?」
和斗がピアノ前の椅子に座る俺の背後に立ち、肩に手を置いた。
その瞬間、なんとも言い難い悪寒を感じ、立ち上がると、和斗の瞳が間近にあり、思わず退こうとして後ろに倒れかけた。
「おっと危ない。気をつけないと。大事な体なんだから」
腰を抱かれた状態で眉根を寄せ目を見開いた。
口元に狡猾な笑みを浮かべ、手のひらで俺の頬を撫でたからだ。
「....お前さ、前から思ってたけど。ホントにアルファ?色白いし、ほら、唇は赤くて誘うかのように可憐だな」
親指の腹で、和斗が俺の唇を触れ、その手を振り払う。
アルファの判定に、両親すら訝しがった。
兄も弟もアルファ。俺とは違い、兄は見るからにアルファとわかる男らしさがあった。弟も歳を重ねるごとに可愛らしさが少しずつ抜けていった。
俺は肌の色は白く、繊細なところはピンク色で、細身。睫毛も長く、オメガかベータの間違いだろうと何度も検査をし直さなければならなかった。
両親がアルファだと納得するまで。
「お前、もういっぺん調べたら?案外、オメガかもな?」
「俺はオメガじゃない!」
面白いおもちゃでも見つけたように和斗は俺を凝視し、声もなく微笑む。
...唇だけで。
「もしお前がオメガなら俺がお前を孕ませたらそれで済むのにな?」
「....なっ!ふざけん....」
言葉は塞がれた。
怒りで瞼を大きく開けたまま、俺は和斗に唇を奪われていた。
つ、と唇を割ろうと舌が侵入しようとし、慌てて俺は力いっぱい和斗を押した。
やめさせるために。
「はっ、唇すら甘い...」
俺は手の甲で唇を拭ったが、和斗は唇を舐めて微笑んだ。
「お前が好きなのは遥斗なんじゃないのか」
「...遥斗?どうして俺が遥斗を」
その後の和斗の口から出た真実に俺は驚愕で動けなかった。
和斗は遥斗を愛している訳じゃなかった。
いや、ある意味、愛していた。利用という名の元で...。
和斗は遥斗と俺が番になった暁には父の病院を乗っ取る為に高校を卒業したら医大に入ると決めていた。
「...お前は馬鹿か?俺が親父に話したらそんな真似」
「残念」
ぐ、と和斗が俺に向かい、身を乗り出した。
「お前が必死に逃げて、家族を見ようとしなかった間に俺とお前の親父は仲良くさせて貰ってるんだ。
出来の悪いお前なんかより俺の方が息子に相応しいって、お義父さん、自慢げに言っていたよ」
反論も出来ず奥歯を噛み締めた。
「計画をお義父さんに話したところでお前が嘘をついてる、て俺が言えばなんの意味もない。ご愁傷様」
にっこり間近で微笑む和斗を睨む事しか俺には出来なかった...。
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