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第3話
カリカリ、カリカリ、とシャーペンを走らせる音だけが耳に入る。地元の祭りともなれば家族は出払ってしまって、家にいるのは受験生である自分だけだ。
俺だって、祭りに行きたくなかったわけではない。別に祭りとか、そういうイベントが嫌いなわけではないし、むしろ好きなほうだ。それでも、勉強を選んだのはやっぱり危機感が勝ったからで。
「ハァ......」
溜息とともに、グイッと背伸びしてみればパキパキと関節が音を鳴らした。肩も痛いし、目も疲れてきたなとは思いつつそれでも手を止める気はなかった。
時計を見ればもうすぐ花火が上がる時間帯。教虎は花火があがるのを待っているのだろうか、とふと思う。
きっと、あの教虎のことだから俺以外に誘う相手なんて居なかったんだろう。どうせぼっちで花火を待っているに違いない。
「ぅあー......」
思わず唸りながら机に突っ伏してしまう。
(会いたい、なんて...俺は馬鹿か)
誘いを断ったのは自分なのに。それでも会いたい、と思う。一年経っても好きなのは変わらない、今でも好きだ。でも、好きだけでは世界は回ってくれない。勉強はしなきゃ第一志望には落ちるし、好きでもうまくいかないことだってそれこそ沢山。
通知なんてきてない筈のタブレットに目をやる。会いたい、と一言送ればアイツは来てくれるだろうか。
(疲れてるな、俺...)
頭に足りてないのは糖分なのか、それとも教虎なのか。答えはわかりきっているけれどそれでも足りないのは糖分なのだと信じ込む。甘いものでも食べてみるか、と考えてカタンと音を立てて椅子から立ち上がる。
甘いものは嫌いじゃない。勉強で疲れた時、チョコレートとか金平糖とか美味しく感じるし。
「...なんでこれ思い出すかな....」
甘いもの、というワードで思い出したのはバレンタイン。普段なら貰う側なのだけれど、教虎がチョコレート、チョコレートとうるさいから、という理由でコンビニに行った時に目に付いたシンプルなデザインのチョコレートを買ってしまったのはもはやアイツの思い通りなのではないだろうか、と溜息をついた。
バレンタイン当日、やっぱりモテない俺(って言ったら友達には睨まれた)でもチョコレートはいくつかゲットしたのだが、それは勿論俺だけではなく教虎も。
「バレンタインいいわぁ、チョコ食えるし」
「お前結構もらってね?」
「今年は四つ貰ったー」
美味しそうやろ?と自慢げに見せてくるチョコは俺も貰ったものだ。まぁ、ようするに大人数に配られたいわゆる義理チョコこそ貰えど、本命チョコなんてお互い貰えるわけもなかったわけだ。
それでも貰えば嬉しいわけで。そういうところは付き合う前から変わってないな、と教虎を見て嘆息する。嫌なわけじゃないけど、俺から貰っても同じ反応をするならそれはそれで傷つく気がする。
「あー、でも本命から貰ってないわぁ」
そう言いながら、こちらをチラリと見てくる教虎。言いたいことはわかっているさ、本命チョコを寄越せと言いたいわけだろ?なんでお前は貰ってさも当然みたいな構えなんだよ...と内心呆れる。
「俺も貰ってねぇな、本命チョコ」
ただでくれてやるかよ、とほんの少しだけの出来心で反撃を試みる。教虎はきっと言葉に詰まるだろうと思っていたのに、何故かむしろ嬉しそうで。
「いやいや、広海は貰ったやろ?本命チョコ」
「は?貰ってねぇよ」
「...鞄の中、確認した?」
「鞄の中ぁ?」
言われて見てみれば、そこには昼に弁当箱を取り出した時には見なかったものが1つ。可愛らしいラッピングが施されたいかにも手作り、といった風なものが入っていた。
「......え、ナニコレ」
「妹がバレンタインチョコ作るって言ったから手伝う代わりに一個貰ったとよ。ラッピングは俺がしたけど」
「は?wwwwこれ、お前がラッピングした?wwwwマジで?wwww」
それはそれは丁寧にラッピングされているこれをこの教虎が?小さな箱にシワのない包装紙、綺麗に巻かれたリボン、よく見ればメッセージカードのようなものがリボンと包装紙の隙間に挟み込まれている。
「これ、読んでいい?」
「どうぞ?w」
笑い混じりの教虎を横目にメッセージカードを開くと、見覚えのある文字と、その文字に似てこそいるが多分違う人物が書いたであろう文字。
『お兄ちゃんの彼女さんへ。こんなクソ野郎のどこがいいんですか?』
『愛してる』
「な、んだ...これ...」
「妹に彼女に逆チョコ渡すって言ったら書かせろってうるさかったんよねぇ。あ、下のメッセージの方は俺ね」
そんなこと、言われんでもわかっとるわ...なんて軽口もたたけないほどに恥ずかしくて仕方がない。彼女に逆チョコって...俺は正真正銘男だって言うのに...何してんだ、このバカ虎は...。
顔をあげられる気がしない。恥ずかしいことに、愛してる、なんてたった四文字の羅列に心拍数は跳ね上がるわ、顔は赤くなるわで人に見せられるような顔してないと思う。恥ずかしい、こんなメッセージ寄こすコイツも。そんなメッセージにこんなにも喜ぶ自分も。
「ねーねー、俺のどんなとこが好き?w」
完全に楽しんでいるだろう教虎には?とドスのきいた返事を返すが教虎はニヤケ顔で肩をふるわせるばかりだ。この反応からするに、多分、まだ俺の顔は赤いままだと思う。
「....ッ、そういうとこは嫌ぃ...」
小さな声でそう言うと、ごめんってwと笑い混じりの謝罪がきた。誰が許すか、と思いつつも渡そうと思っていたチョコレートを投げつけてしまったあたり、もう殆ど許したも同然だろうか。
「あ、これファミマで見たわ」
「うるせぇ、文句あるなら返せ」
「え?いや、嬉しいけど?w返すわけないし」
つか、なんでファミマで売ってたとか把握してんだよ。どんだけチョコ欲しいんだよ...。なんて思いつつも、それより気になることがひとつ。
(メッセージカードつけるんじゃなかった...)
恥ずかしいヤツ、それは教虎もだけれど俺も大概だ。
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