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第2話

 魔狼に喰われるとは、魔の穢れに浸かることだ。  クラウスは猟師に助けられたとわかっても、あまり喜ばなかった。他の赤頭巾たちに知られた時の屈辱を思ったからである。  この王国は豊かな平原と風光明媚な湖があり、広大な森に囲まれていたが、長年魔狼の襲撃に悩まされていた。魔狼を浄化できる魔術師たちは国の中枢で組織され、王のもとで位階を得ていた。その一方、各地に住む猟師にそんな地位はなかった。彼らは自分や周囲の村が脅かされたときだけ魔狼を追い、謝礼を得るのだ。魔狼は鉛の銃弾で仕留めることができたが、その血はいずれ毒になる穢れの塊だったから、魔狼を狩るのは血なまぐさい汚れ仕事だった。それに魔狼は魔術師によって浄化されないかぎり何度も蘇るのだ。  赤頭巾の魔術師たちは魔狼を追うとき、各地の猟師と協力することもあった。しかし魔狼の血と穢れにまみれた猟師をたいていの赤頭巾は嫌悪し、多くの場合見下してもいた。  プライドの高い赤頭巾、クラウスもその例外ではなかった。それに彼は他の者よりずっと早く赤頭巾の称号を得た魔術師だったから、他の者の嫉妬も受けやすかった。他より優れているという自覚のために傲慢でもあった。  猟師のライナー・グレイがそれを知っていたのかどうか。  とはいえ、クラウスは若く傲慢だったが、命を救ってもらった恩をなかったことにするような人間ではなかった。 「ありがとうございます」  浄化が終わってもクラウスはまだ魔狼の血にまみれていた。歯を食いしばって礼をいった彼に、ライナーは微笑みを返した。 「あっちに井戸がある。洗えば血は落ちる。涙石を持っていくといい」 「それはあなたのものでしょう」とクラウスはいった。  涙石は魔狼の心臓が止まる瞬間に落とす美しい宝石だ。高値で売れるから、猟師が魔狼を狩る大きな理由でもある。魔狼退治を猟師に頼めば涙石は謝礼の一部となった。しかし涙石は赤頭巾と猟師の関係がぎくしゃくする原因のひとつでもあった。魔狼は浄化されると人があびた血糊以外あとかたもなく消えてしまう。涙石は魔狼が存在した証拠だ。赤頭巾たちは自分の手柄を証明するため、時に涙石を必要とした。  しかしライナーは首をふった。 「俺には必要ない。俺は魔狼を殺しただけだ。浄化して害を元から絶ったのはきみだ。それより早く血を落とせ。固まると面倒だぞ」  そう告げて、小屋をさっさと出て行ったので、クラウスもあとについていった。ライナーはすこし離れた井戸へ行くと、水を汲んで服を脱ぎ始めた。魔狼の血にまみれているのはクラウスひとりではなかったのだ。すこしためらって、クラウスも服を脱ぎ、体を洗った。  猟師と並んで体を洗うなど初めてだったし、そもそもこんなに話をしたこともなかった。赤頭巾が猟師を見下しているように、猟師も赤頭巾と親しくつきあいたがらなかったからだ。ライナーはクラウスより小柄で、何気なく目をやったとき、背中に大きな傷跡がみえた。クラウスはあわてて目をそらした。  クラウスが本部に涙石を持ち帰ると、この魔狼はこれまで何人もの赤頭巾を喰った、厄介な存在だったとわかった。クラウスは周囲に称えられたが、本来はあの猟師、ライナー・グレイの功績だと思い、落ちつかなかった。自分は借りを作ったのだ。またあの猟師に会うことがあったら、絶対に返さなければならない。

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