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第6話

 クラウス・クリムゾンはまもなく王都に戻った。赤頭巾の称号をもつ魔術師としてはトップクラスの腕になっていた。魔狼の襲撃が一段落したせいか、国の中枢にいる魔術師たちは王や大貴族の意を買い、権力を得るための駆け引きにいそしんでいたが、クラウスはそんな動きとは無縁だった。多くの魔狼を倒した功績を鼻にかけることもなかったし、功績に惹かれて寄ってくる者や、甘い餌をぶら下げて誘惑する者も、誰ひとり相手にしなかった。  昔のクラウスを覚えていた者は、彼のことをあいかわらず傲慢だと評した。はじめてクラウスに会った者は、優秀だが近寄りがたいと感じた。周囲の思惑をよそに、クラウスは真面目に働いていた。他の者がめんどうで引き受けたがらない魔狼退治、功績にならない小さな掃討作戦を進んで引き受けたのだった。  クラウスは猟師たちが負う魔狼の穢れをいとわなかった。先の魔狼との戦いで赤頭巾と猟師たちの関係が良くなったのもあって、赤頭巾クラウスは地方で歓迎され、幾人もの猟師と知り合いになった。  新しい知り合いができるたび、クラウスはライナー・グレイの行方をたずねた。誰もがライナー・グレイの名を知っていた。「ライナー・グレイ。ああ、あの腕利きだな」というのだ。たしかな消息を知る者はいなかったが、クラウスは噂であっても喜んで耳を傾けた。その様子は王都の近寄りがたい魔術師とは別人のようだった。  しばらくのあいだ、王国は平和だった。魔狼はときおり現れるだけで、大きな群れはみかけなかった。一年が過ぎ、二年が過ぎ、五年が過ぎた。人々は油断しはじめた。先の戦いで主要な魔狼は退治されてしまったのかもしれない。  そんな人々の心を読んだかのように、辺境の森に魔狼の群れがあらわれた。  近隣から猟師が集められ、中央からは赤頭巾の一団が派遣された。クラウスもその中にいた。  群れは小さかったから、掃討作戦はすぐに終わるものと思われていた。クラウスはこの任務がおわれば、王都で魔術師の指導集団に加わるよう求められていた。このころには各地の猟師と何年もかけて築いた関係が評価されていたのである。  ところが作戦は計画通りには進まなかった。この群れの首魁は年老いてずるがしこかった。人間――老婆や幼児に化けて赤頭巾を騙し、分断して喰らうのだ。魔術師は喰われそうになってはじめて、魔狼の穢れに気づく。ひとり、またひとりと仲間が喰われ、血の跡だけが残る現場に何度も遭遇すると、クラウス以外の赤頭巾はひどく恐れるようになった。  落ちついているのはいまやクラウスひとりだ。用があって村へ行った赤頭巾が戻らないと聞いて、自分が行きます、といったのもクラウスだけだった。クラウスとて恐れていないわけではなかった。ただ彼はずっと前に、同じような策を使う魔狼に遭遇したことがあったのだ。  赤頭巾は村はずれの森の小屋へ向かったという。  森は静かで、小屋からは何の物音も聞こえなかった。木の扉を押すとぎいっときしんだ。  遠巻きに見守る村人たちの前でクラウスはそっと中に入り、目を丸くした。  小屋の床は血まみれだ。粗末な寝台の横で魔狼がぴくぴくと痙攣している。腹にはごつごつしたものがいっぱいに詰めこまれていた。使いに行った赤頭巾は魔狼の横で気を失っている。  これ以上仲間を魔狼の血で汚さないように自分のマントでくるんでから、クラウスは扉をあけて村人を呼んだ。仲間が無事運び出されると、魔狼の浄化にとりかかる。腹に詰めこまれた鉄鉱石と水晶、そして岩塩のために、魔狼はひどく苦しんで死んだようだった。浄化が終わると大きな涙石が床に落ちていた。魔狼を殺した者はこれを取らずに去ったのだ。  涙石をためつすがめつして、クラウスは小屋の外に出た。  そして、走り出した。

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