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第7話

 どこかに井戸があるはずだ。でなければ泉が。魔狼の血を洗い流すために。  クラウスは森を駆け、耳を澄ました。やがて水の流れる音がきこえ、岩のあいだを小川が流れるのがみえた。小さな滝壺のそばに人影があった。傷跡のある背中をひとめみたとたん、クラウスは叫んでいた。 「ライナー!」  目の前で背中がぶるっと震えた。のろのろした動作で相手がふりむく。 「クラウス」  なつかしい笑顔が涙で歪んだ。クラウスは水に濡れるのもかまわず、ライナーを抱きしめた。あの晩、クラウスが抱いたときより痩せているような気がした。 「ライナー。ずっと探していました。どうして逃げたんですか」  ライナーはクラウスの腕を振りほどこうとしなかったから、クラウスは愛しい人の体をぎゅっと抱きしめていた。濡れた肌がだんだんぬくもってくる。ライナーがふっと息をついた。 「逃げたわけじゃない」 「いいえ、逃げていました」  クラウスはささやいた。 「この何年かというもの……僕が魔狼を追って行くところにあなたもいたでしょう? 今回のようなことは初めてじゃない。ただ今回はこの地の猟師が魔狼を仕留めたふりをできなかっただけです。僕にわからなかったと思いますか。どうして逃げるんですか。あの日あなたはたしかに、僕にこたえたのに……」 「……眩しすぎるんだ」  ライナーはぼそぼそとつぶやいた。 「俺は魔狼の腹を裂くのが商売の猟師だ。俺が引き受けた魔狼の穢れはおまえにふさわしくない。あの日――最初に会った日、おまえを守ることができてよかった。立派になったな。どこまでも魔狼を追いかけるって、猟師たちのあいだでも評判だ」  クラウスはライナーを抱きしめたまま、言葉を失った。その時だ。  首筋が逆立つような唸り声が背後から響いた。  漆黒の魔狼が尖った鼻面を二人に向けていた。巨大な牙から唾液が滴り、黄色い目は邪悪な輝きで妖しく光っている。 『赤頭巾か』  魔狼の言葉がクラウスの頭蓋に反響した。ガラスをひっかく音のような、耐えがたいエコーを伴っている。 『赤頭巾は……うまい……ぞう……』  魔狼の顎がぱかりと開いたとき、その牙の下にいたのはクラウスひとりだった。その唇が浄化の呪文を紡ぎ出した瞬間、バンッという音が森の木々を揺らし、滝の水音すらかき消した。火薬の匂いがたちこめる。ライナーの銃は魔狼の片目を打ち抜いていた。巨体が滝壺に倒れたが、クラウスはさらに浄化の呪文を唱え続けた。  魔狼はやっと空気に溶けて消えた。そのとき、水の中に沈んでいく光がみえた。  涙石だ。  思わず宝石をつかまえようとしたクラウスだったが、視界の隅ではライナーが静かにその場を立ち去ろうとしていた。宝石をつかみかけた手をふりあげ、クラウスは叫んだ。 「そうはさせません」  ライナーは走りだしていたが、クラウスが追いつくのは簡単だった。丸くひらけた森の小さな空き地で、クラウスはライナーの手をつかんだ。 「僕は昔のあなたのようにどこまでも魔狼を追うことで知られていますが、僕が追っていたのは魔狼じゃない。あなたです」  ライナーは肩で息をしながら、クラウスを恨めしそうに睨んだ。 「どうして……どうして、俺を……」 「答えなど不要です。もう逃さない。あなたがどれほど魔狼の血で汚れたとしても、僕が浄化します」 「クラウス」  ライナーは観念したように目を伏せた。 「俺はたぶん……長くもたない」 「ライナー?」 「ずっと前に浄化について怒られたことがあるだろう。あのあとちゃんとやっていたつもりだったが、長年の穢れがたまったらしくてな……あの戦いのあと、もうだめだと思った。俺は魔狼の血をかぶりすぎた。俺は穢れすぎて、触れられる資格がない」 「何をいってるんですか!」  あまりに激しくライナーを抱きよせたせいか、バランスが崩れた。二人そろって地面に倒れ、クラウスはライナーの上に覆いかぶさっていた。年上の男は目を閉じている。クラウスはその顎をつかみ、ささやいた。 「逆です。ずっと逆だった。あなたに触れる資格がなかったのは僕の方だ。でも今はちがう。あなたの傷は僕がきれいにする」 「……クラウス」 「あなたを愛しているんだ。ライナー。もう逃げないで」  ライナーの目がひらき、クラウスをみつめる。声を出さずに唇だけが動いた。そしてクラウスの唇を受けとめるように、重なってくる。  森の底で二人は重なり、抱きあって、お互いの肌に唇をよせた。草のしとねで服を乱し、クラウスはライナーの傷跡を舐め、胸の尖りを愛撫し、中心を口に含む。足を開かせ、奥まで舌で濡らして、ライナーの口から快楽の呻きがこぼれるのをきく。ついにクラウスに貫かれると、年上の男は喘ぎながら腰を揺すってこたえ、絶頂に達して白い雫をとばした。  森の木々だけがふたりを見ていた。

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