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第3話王子と騎士【2】

「・・・・・・無理だよな、すまない」  王妃に盾つける者は、この国では国王の父くらいだろう。ましてや人に意見されて簡単に考えを改めるヤワな母ではない。 「あ、でもまさかギルも一緒になって、それはいいですねなんて言ってないよな?」  じろりと見やると、ギルの目が一瞬泳ぐ。 「嘘だろ・・・・・・信頼してたのに」 「一度だけですから! 同意を求められてしまったので・・・・・・恐れながら・・・・・・。しかしジャレッド様はどうして、ご自身の婚約者探しをそこまで拒まれるのでしょうか? マルティーナ様が必死になられているのは、ジャレッド様とヴィエボ国の幸せを願ってらっしゃるからこそだと思うのですが」 「それは、もちろん承知している」  母の想いは分かっていた。この安寧の時が露の命ほどに短い、儚い時間であるということも。  この先、いつまた戦乱の世が訪れるか。もしそうなった時の為に、平和なうちに多くの国と交流を深め、ヴィエボ側に立ってくれる味方国を見つけておくことは良策である。  結婚となればその結びつきは更に深まり、国力が安定すれば国民の平穏な生活がこれまで以上に強固に護られる。 「ちゃんと分かってる・・・・・、でも俺にはまだ早いよ。よく知りもしない相手と結婚だなんて考えられない。王家の人間としては凄く無責任なことを言ってるのかもしれないけどさ、一生を共にする相手になるわけだろう? それなら尚更、心から信頼のおける相手がいい」  すると不機嫌に眉根を寄せたジャレッドを見て、ギルが堪えられないといった様子で笑みをこぼした。 「・・・・・・ふ、ふふ、そうですね」 「何だよっ」  ジャレッドは顔を赤らめる。 「いえ、我儘を言われるお姿がなんだか懐かしいなと思いまして。最近はすっかりご立派になられておりましたから。しかしやっぱりジャレッド様はお変わりありませんね」  馬鹿にされているのか褒められているのか、眉尻を下げた男の顔を見るとくすぐったい気持ちになる。  昔からそうだったが、最近は余計な感覚までついてくる。  ちりちりと胸を掻きたくなるような、心の奥底を蝋燭で炙られているような、手の届かない場所をぎゅっと摘まれる感覚だ。 「ジャレッド様?」  不思議そうに名を呼ばれて我に返った。どうもこうなると、いつもボヤッとしてしまう。 「なんでもないから気にするな。それよりも今さりげなく俺のことを我儘って言ったよな?」  不貞腐れたふりをして誤魔化すと、男は再び律儀に首を垂れる。 「申し訳ありません、これも失言でした」 「別にいいけどさ、あっ、面白いこと思いついた」  ジャレッドは思わず大きな声を上げた。脳裏に浮かんだ妙案(みょうあん)が悪戯心を刺激する。 「なんでしょう?」  ギルは軽く眉を(ひそ)めて顔を上げた。 「こんなのはどうかな、ギルが俺の恋人のフリをしてよ!」 「え——————・・・・・・、はい?」  長い沈黙の後、ギルの口から腑抜けた声が出る。 「申し訳ありません、よく聞こえていなかったのかもしれません」  度重なる謝罪の上、ギルは頭を抱える。 「どうしたんだよ、しっかり聞いてよ。母上の前で俺の恋人のフリをしてよって言ったんだ」 「え、・・・・・・っと、それは」  軍服の下でギルが大量に冷や汗をかいているとは露知らず、ジャレッドは嬉々として続けた。 「そのままの意味で受け取っていいよ。ギルは父上や母上からも信頼が厚いし、適役だと思うんだ。きっとそれなら仕方がないと言って貰えるんじゃないかな」  ギルはぽかんと口を開ける。 「・・・・・・まったく貴方は、なんてことをおっしゃいますか」  嗜めるのでもない、哀れむようなギルの言い方に引っかかりを覚え、ジャレッドは口を尖らせた。 「何で? 公けにされていないだけで男同士の恋愛も珍しくないんだろう?」 「それは何処からの情報ですか? まさか庶民向けの・・・・・・」  好きで読んでいた本まで馬鹿にされたようで、ジャレッドはムッとする。 「違う! 父からの頼まれ事で王宮に出入りしてたゲーニウスの騎士に聞いた」 「・・・・・・ああ、そういうことですか」  ギルは「はぁ」と深く息を吐いた。 「ジャレッド様、確かに、長く戦地に赴かねばならない騎士たちは、男である故の欲求を満たす為に互いの身体を使って交接を行う場合があります。ジャレッド様のおっしゃるように、その過程で情に目覚める者もいる」 「それなら」 「ですが、それは軍という閉鎖的で特殊な環境においてのこと。ジャレッド様のお立場には当てはまりません」 「あ、けどっ、騎士には『特別な』」 「ジャレッド様」  ギルは言葉を重ね、開きかけたジャレッドの口を塞ぐ。 「何より、貴方と私とでは身分に差があり過ぎる。仮に一時の熱を装うものであったとしても、認められる関係では無いと思います」  ジャレッドは、ぐっと押し黙った。  本気で言ったんじゃない。  母の猛攻をかわすカモフラージュになればと思い立っただけだ。けどまさかここまで生真面目に否定されるとは予想していなかった。  ギルとなら、仮にそうなっても嫌悪を感じない。そう思ったから、だから、それだけなのに。 「じゃあギルは、もし心から好きになった人が出来て、その人が身分に差のある人だったら、同じように言って諦めるのか?」  ジャレッドからのストレートな問いに、ギルは動揺を見せた気がした。だけどそれは一瞬の出来事で、それ以上に動揺させられたのはジャレッド自身だった。  ギルの瞳孔が見開かれた時、燭台の#灯火が琥珀にゆらゆらと映って見えた。その傍らでうなだれている男は「いったい誰だ」と目を疑う。  当然にそれは自分自身だ。ギルの瞳越しに突きつけられる、己れのしょぼくれた姿に愕然(がくぜん)とする。  非情にも相手は石頭の護衛騎士。しばらくして穏やかに頷いた顔は、優しくて残酷で憎たらしい。 「私は、愛する人には幸せになって欲しいと願うと思います」 「・・・・・・ふん、そう言うと思った。お前には要らぬ質問だったな」  心の中の、もやもやした気持ちが棘をともなってこぼれ落ちる。 「ジャレッド様・・・・・・また私が何か」 「いい、謝るな」  鼻の奥がつんと痛んだ。ジャレッドはたまらくなり、男の顔から視線を逸らした。

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