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第11話嵐の予感【5】
キス以上を望んで、というよりは極度の恥ずかしさからくる懇願だった。
戸惑うギルの顔を目にし、ブワッと沸騰した頭に血が昇った。冷静さを欠き、男の腕から下りるという選択肢は思いつかなかった。
「はやくしろっ」
ジャレッドはギルを怒鳴りつけた。
「はっ、只今」
幸いに、ジャレッドの寝室はそこから最も近い場に位置している。
ジャレッドは足早に運ばれ、ベッドの上に下ろされた。時間帯のせいであろう、窓から木漏れ日が入り込み、きらきらと波のようにうねって見える。天蓋付きのベッドはやけに幻想的に映り、眠るにはだいぶ明るすぎた。
重たい身体を横たえたはいいものの、嫌に純真な寝床を冒涜 するかのように、色々なところが昂ぶる。
「今日はゆっくりお休みください。予定されていた講師には私から伝えておきます、では」
ジャレッドにブランケットをかけると、ギルは何事も感じさせず胸に手を当て礼をする。
「まて、行くな」
自分の口にギョッとした。さっさと帰そうと思っていたのに真逆の言葉が突いて出た。そして言うよりも早く、震える指先で離れようとするギルの軍服の袖口を掴んでいた。
「・・・・・・疲れているけど熱くて寝られないんだ。何とかしろ」
真っ赤な顔でジャレッドは口走る。何とかしろとはなんだ、と自分に突っ込みたくなる。
遠回しな言い方に、ギルは思案して顔色を変える。
「熱い、ですか? いけませんね、熱が出てしまったのでしょうか」
ギルの手が伸びてきて咄嗟に身構えた。
変な気分だった。ジャレッドの意識は向かってくる指先に集中する。体温を確かめるために額に触られただけで、ぴくんとわずかに肩が跳ねた。
「んっ・・・・・・」
悪寒に似たそれに、ジャレッドは慌てて口を塞ぐ。
その声を聞き、ギルは眉間に険しい皺を寄せた。
「吐きそうなんですね? 身体の具合が悪かったのなら何故おっしゃってくださらないのですか? 急いで医者を、氷も用意させましょう」
「ち、ちがう!」
他にどうしようもなかったために、ジャレッドはベッドから降りる男を引き留める。
「医者も氷もいらない」
しかし本当は何が欲しいのか、明確なそれは口に出せない。
「そうですか、ではどうしたのでしょう?」
ギルはジャレッドの体調を心から案じていた。
首を傾げ、見慣れた主の身体を隅々まで観察していく。
ジャレッドは真剣な余りの鋭い目つきが堪らなかった。射るような視線に全身を睨 め回され、ジャレッドの限界は刻一刻と迫る。
じりじりと視線が下へ移ると、ジャレッドは目に涙を浮かべ、観念してそこを晒した。
「・・・・・・ッッ、だからこうゆうことだってば! 男なら仕方ないだろっ」
腰のあたりで留まったギルの目が見開かれる。
ジャレッドは己れのはしたなさに目眩 がした。トラウザーパンツの股布をかすかに持ち上げ、ジャレッドのそこは健気に主張している。
「くそっ、軽蔑したか?」
聞いたところで、ギルが「はい」なんて言うはずもなかったが、感情の読めない表情で股間を凝視されると居た堪れない。
「おい、なんとか言え」
勃起した下半身を見せつけたまま、ジャレッドは顔を覆った。
その姿はギルの目になんと間抜けに映っていることか。
だが予想外にも、ジャレッドの耳にはぶつぶつと呟くギルの声が聞こえてきた。
「・・・・・・疲れているからでしょうね、ええ、そういうことはあります。わかります、男ですから」
「ギル?」
そろりと指の隙間から、男の顔を覗き見た。そして唖然とする。
ギルはジャレッドと同様に額を押さえていた。大きな手のひらで表情は隠されているが、両耳は真っ赤だった。
「・・・・・・先程の、口付け」
ギルは、はっとして呟く。
ジャレッドからのキスの意味が時間差で腑に落ちたのかもしれない。
「——————・・・・・・は?」
やな予感がした。長い沈黙の後のこれはデジャヴを覚える。
「悪かった、冗談だ、忘れろっ」
ジャレッドは先手を打とうと、シーツを被った。ギュッと目を瞑り、眠れと暗示をかけて羊を数える。
羊がいっぴき、羊がにひき・・・・・・
「ジャレッド様、目をつぶっていて下さいますか?」
羊が、・・・・・・え?
思い詰めた溜息を一つ吐き、ギルがベッドの上に膝をついた。
ベッドが軋み、ジャレッドは目を開ける。横ではギルが肘枕をして寝転び、ジャレッドを見つめていた。
幼い頃の寝かしつけを思い起こさせる構図だ。
あの時は背中に手を当てて、ぽん、ぽん、と眠たくなるリズムを刻んでくれた。
しかし目の前にいる今のギルは余裕のなさそうな、まるで違う顔を見せている。
「い、いいっ、忘れろと言った!」
ジャレッドは身体を反転させて背を向けた。
「ご心配なさらず、ジャレッド様の我儘には付き合い慣れておりますので」
「・・・・・・ひっ」
背中にギルがぴったりと寄り添う。
すっぽりと後ろから抱き込まれる姿勢となり、ジャレッドは身震いをした。
「だめだ、ギル」
「大丈夫、これはお手伝いをするだけです。触りますね」
ギルに耳元で低く囁かれ、止める間も無く、下穿きの中へ手がするりと入ってくる。
「———あ、ギル」
この行為にお手伝いなんて言い方は相応 しくない・・・・・・。
ちょっと触られて出して終わりだと思っていたのに、ジャレッドの予想は大いに裏切られた。
張り詰めたペニスを大きな手で握り込まれ、上から下へ、形を確かめるように丁寧に扱かれる。手のひらの体温が生々しく、男のツボを知り尽くした動きに、ジャレッドは腰を震えさせる。
「こんなに硬くなっていては辛かったですね、窮屈そうなので脱ぎましょうか」
「・・・・・・ふあ、あ、う・・・ん、脱がせて」
男の薫 りに酔い、頭がぼうとしていた。従順に頷くと、クスッとギルが笑ったのがわかった。けれど笑った理由を考える余裕はなかった。
慣れた手つきで下穿きごと下半身を剥かれ、あらわになった臀部 をギルの手がなぞっていく。
辛かったですねと言ったくせに、すでに蜜をしたたらせ、トロトロになった性器には触れてもらえず、陰嚢 を優しく揉まれたかと思うと、そこから窄まりに続く敏感なところを指先でくすぐられる。
「ひ、あ、あ、や、やだ・・・・・・」
「頑張ってください、ちょうど良いので予行練習をしましょうね」
イヤイヤと逃げるジャレッドをなだめ、ギルはシャツの中に手を入れると控えめな乳首を摘んだ。飾りみたいなこじんまりした実を丹念に指で刺激され、しだいに焦ったいような甘だるい痺れが腹の奥に生まれる。
「ひあっ、んんっ・・・・・・練習? なんの?」
ジャレッドは身体をよじり、潤んだ瞳で男を見つめた。
「貴方はまだ気にしなくてよいのです」
ギルは口元を緩め、「私に身を任せて」と片手でジャレッドの目を塞いだ。
その後のことはよく覚えていない。
ギルの手と指が気持ちいいところをひたすら撫で、摘み、擦り上げる。何をされたのかもわからなくて、途中からは夢なのかもと思っていた。
焦らしに焦らされた後にペニスを扱かれ、とてつもなく大きな波に襲われた。精液を吐き出すたびに打ち寄せる快感にジャレッドの意識は遠のいた。
「・・・・・・ギル・・・・・・剣の契り、どうして、引き受けたの?・・・・・・どうせ、兄上か父上に・・・・・・嫌だったら断ってもいいんだ・・・ぞ」
瞼も口調もとろんとし、たっぷりと吐精し終えたジャレッドの身体は睡魔に屈する寸前だ。
「なあ、ギル・・・・・・、俺は、平民でも、気にしな・・・い・・・・・・」
「ジャレッド様」
ギルは目を細め、言い終わると同時にスウと寝息を立て始めたジャレッドの額を撫でた。
「貴方は勘違いをしていらっしゃる。そのようなことを断じてするわけがありません。何故ならば、誰よりも貴方との契りを切望しているのは私なのですよ」
これが私の使命。その為に貴方のそばにいる。
「監視役というのは間違いではありませんが、意味合いが違う・・・・・・」
愛おしげに呟やかれた言葉は主人の耳には入っていないだろう。音を立てぬようにベッドを降りると、ギルは床に片膝をついて跪く。
それから眠りに落ちたジャレッドの手を取り、手の甲にそっと口付けた。
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