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第13話ゲーニウスの騎士様【2】
ガタゴトと馬車に揺られてしばらく、道中は眼鏡の騎士と太陽の獅子が並んで座り、向かいにギルがぽつんと座らされていた。同世代では体格の良い方のギルも、二人と一緒だと捕まった鼠のようだった。
二人は馬車に乗り込んで間も無く、リヒト、クライノートとそれぞれに名前を告げた。
だがその後は誰も一言も発さず。
気まずい。
何の気もなしに二人の騎士を眺めていると、ひとつ気になることがあった。
太陽の獅子クライノートが薄らと目を細めて外を眺め、喉をゴロゴロと鳴らしている。最初は聞き間違いかと思ったが、狭いキャビンの中で他に音が鳴る要因は見つけられない。
「クライ、雪が嬉しいのかい?」
もう一方の眼鏡の騎士リヒトは嬉しそうに彼を見た。
「ああ、珍しくて、つい」
クライノートは喉を押さえて、ふいっと目を伏せる。
「恥ずかしがっちゃって、可愛いじゃない。少年も君が気になっているようだよ」
「あ、はいっっ」
突然話題を振られてびっくりする。しかし本当のことなので、素直に頷いた。
「俺みたいのを見るのは初めてか?」
気怠そうに呟き、クライノートは顔を上げる。
「・・・・・・はじめてとは、なんのことでしょうか」
ギルは唾を飲み込んだ。
縦長の鋭い瞳孔に見据えられ、———なぜか目を逸らせない。
彼の瞳は宝石を見ているみたいで、ぢりぢりと結んだ先が焦げつきそうなほど視線が惹き寄せられる。
と、ふいにリヒトの手が間に割って入った。
「こら、勿体ぶらないで取ってあげなさい」
意外にも反省したように口をすぼめ、クライノートは頭に巻いた異国風の布に手をかける。
ギラギラしていたわりにあまりにも素直で、ギルはちょっぴり笑ってしまい、続けて口を塞ぐ。
驚いたなんてもんじゃない。目の前で取られた布の下、ちょうど布が巻かれていた場所に、毛に覆われた黒い三角耳がぴょことついていた。もぞもぞと腰を浮かせ、丈の長いサーコートの下からは長いネコの尻尾がお目見えする。
「言っとくけどネコちゃんじゃないからな、可愛いなんて言ったら殺す」
よほど嫌な思い出でもあるのだろうか、ドスの効いた声で凄まれ、ギルは勢いよく首を縦に振った。
「ふふ、いい反応だ。ギルは獣人族って知ってるかい?」
リヒトに問いかけられ、次は首を横に振る。
「そうだよねぇ、戦が止まないから国の出入りが厳しくなってるもんね」
「ふん、あんな小競り合いなんか戦とも呼べない。子どもの喧嘩みたいなものだ」
「クライ、そんなことを言ってはいけないよ。どんな小さなものでも争いは良くない」
クライノートは憤慨 して鼻息を荒くし、リヒトが彼を優しく諭 している。
「あのっ」
二人だけの空気に置いていかれそうで、ギルは思い切って口を開いた。
「すみません、宜しいでしょうか」
「もちろんだよ、なんだい?」
リヒトが穏やかに首を傾げる。
「クライノート様はどうして自身の姿を隠しているのですか?」
そう問いかけると、クライノートは「余計なことを」とでも言いたげに瞳孔を細めた。
「隠してますよね? 違うんですか?」
「うん、その通りだよ正解。ギルは頭がいいね」
ギルは褒められて、はにかむ。
リヒトは目を合わせて微笑んだあと、何かとても辛いものを見つめているように悲しい顔をし、静かに口を開いた。
「実を言うとね、彼はワケアリで、その存在を公けにできないんだ」
ギルは小首を傾げる。さっぱり意味がわからなかった。
「人とは違う見た目だからですか?」
「いいや、違うよ」
穏やかに、けれどはっきりとリヒトは否定した。
「クライは獣人でも、ヴィエボ王家の血筋を受け継いだ由緒ある家系の子ども。つまり獣人族と魔法族のハイブリッド。隠しておきたいのは後者」
「魔法族??!」
なんの前触れもなく飛び出してきた言葉にギルは目を瞠 った。
「おっと、口を滑らせてしまった。今のはこれで頼むよ」
リヒトはわざとらしく、口元に人差し指をあてる。
どっ、どっ、と心臓が激しく動悸する。クライノートを覗き見ると、小窓に肘をつき、三角の耳をこちらに向けて話を聞いている。
ギルは、慎重に言葉を選ぶ。
「ですが、王族筋って、この国で最も偉い人たちなんじゃないですか」
問いかけにリヒトは顔を伏せ、膝の上で指を組む。
「本来ならそうだね。けれどクライは幼い頃に一族もろとも殺されかけたことがある。だから私の家系で引き取って養子にしたんだよ。耳と尻尾を見せちゃうとばれちゃうから外では隠すように言って、人間のふりをしてもらっているんだ」
衝撃でギルはあんぐりと口を開けた。
「俺の話はもういい」
クライノートが唸り声を上げ、尻尾の先を神経質に打ち付けた。
「そうだね、君の話をしようかギル。なにも言わずに連れてきてしまって申し訳なかった。これから伝えることはまだ国民には公開されていない情報であり、お達しが出るまでは口外しないと約束するように、いい?」
ギルはこくりと頷いた。
「いい子だね。では話そう。今朝、昨年戴冠 されたアンデレ国王陛下に第一子が誕生した。元気な男児だよ、お世継ぎになられる予定だ」
「それはッ、おめでたいことです」
「うん、そうだね。そこでさっきのクライの話を覚えてるかい?」
「えっと・・・・・・あっ」
ハッとしたその時、キャビンの中が突然明るくなった。
きょろきょろと周囲を確認すると、知らぬうちにギルの頭上にある蝋燭ランプに炎が灯っている。
誰も席を立っていない・・・・・・のに。
「ありがとう、クライ」
リヒトは眼鏡を押し上げ、続ける。
「今すぐその心配があるわけではない。赤子が力を持つかどうかは生まれたばかりではわからない。判断がつくのは三つになる頃から。そこでだ、もしも、そうであったのなら君には護衛騎士になって王太子殿下を護ってもらいたい。それまでに君を鍛えようと思っているよ」
蝋燭の方へ向いていたギルの意識は、強制的にリヒトの話に引き戻された。
「け、けど、俺は平民で、しがない食事処の息子です」
「それが、いいんだ」
そう意味深に、リヒトは声を潜める。
「しかし期待に応えられる自信がありません。ご存じでしょうが、騎士になるためになんの教育も受けていないのです」
「それは心配いらない、君は我がオウグスティン家で預かる。あの店に寄ったのは偶然なんだけど、君を見た瞬間にビビッと来ちゃった」
「え? オウグスティン家・・・・・・?」
失礼と思いつつも、ギルは胡乱 げな声を出していた。聞いたことあるような気がするけれど、だって、ビビッと来ちゃった・・・・・・てとっても軽いノリだ。
しかしリヒトは気にしていない様子で笑う。
「うんうん、わかるよその顔。ブリュム公爵家と言ったら信用できる?」
「ブリュム?! うげっ、ごほっ」
唾が喉奥で踊ったようだった。ギルは激しく咳き込む。
かくも、目の前でにこやかな笑みを見せているのはブリュム公リヒト・オウグスティン。この国で一位二位を争う名家中の名家の長である。
平民からしたら雲の上の存在である王族よりも、名を聞く回数の多い貴族の方が近しい存在で、そのぶん畏れ多い。
「公爵様、も、も、もうしわけありませんでした」
直ちにギルはイスから飛び降り、キャビンの床に跪く。
「やめなさいギル。私は血筋とか身分とかそんな事どうでもいいんだ。大事なのは人と成り、そして間違いなく優秀だってことさ! クライを見てごらんよ、この膂力 の強そうな脚、腕。麗 しい見た目。さすが獣人、素晴らしいでしょ。命を懸けてでも護る価値がある」
ギルはぽかんと顔を上げる。延々とクライノートを褒めたたえるブリュム公は、ギルの目にとっても楽しそうに映った。
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