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第18話ギルの想い【2】

「ギル」  名前を呼ばれて我にかえると、ジャレッドが毛布から顔を出し軍服の裾を掴んでいた。 「黙ってるけど、怒ってるのか?」 「怒られることをした自覚がお有りで?」 「・・・・・・うっ、やり過ぎたって反省してる。ごめんなさい」  ジャレッドは謝罪を述べて俯いた。  ギルは目を細めた。瞳を潤ませているのが可愛くて、少々、意地悪をしたくなる。一国の第二王子もギルにしてみれば自分の声には素直に従う、従順な仔犬だ。 「私によりも言うべき相手がいらっしゃるのではないですか? 近衛騎士らのことも、もう少し労ってやった方が良いかと」  ギルの小言に、ジャレッドはしょんぼりしたまま頷く。 「ちゃんと謝れますか? 約束ですよ?」 「うん、けど、それまではギルも休め、疲れた顔をしてる」  振り回した当の本人に言われると思わず苦笑いが込み上げる。 「お気遣いありがとうございます、しかし今はお気持ちだけ」  その時、トントンとドアがノックされた。 「きっとスティです。ちょうど良かったですね」  ドア越しに「そこで待て」と返事をしてギルは腰を浮かせる。・・・・・・のと同時に掴まれたままの裾を下に引っ張られ、体勢を崩しベッドに手を突く。 「申し訳・・・・・・」  瞬間、唇をかすめとられた。  たった今約束したばかりなのに、ジャレッドが泣きそうな目で見上げ、「・・・・・・いっちゃやだ」と駄々を捏ねる。 「謝りたいのでは?」 「謝るよ。でも、今すぐはちょっと嫌」  ギルは眉を顰める。ジャレッドは膝の上でギュッと毛布を握り締めた。 「だってあの人、美人だし、ギルに馴れ馴れしい」  ギルはその発言に驚く。産ぶ声をあげた時から使用人に囲まれている王子が何を言うか。執事が主人に忠実なのは知っているだろうに。  特に美人とは何事だ? あいつは男だぞ? 一緒に風呂に入ったことはないが、見た感じ細いだけの凡庸(ぼんよう)な身体つきだと思っている。 「あの人、イーノク兄さんに少し似てる」  ギルはきょとんとする。 「お顔立ちなら兄弟なのですから、貴方の方が王太子殿下に似ておりますよ」 「そうゆうんじゃなくてさ、ほらなんて言うの? 魔性っぽい・・・・・・?」 「ま?」  吹き出しそうになった。魔性? 確かに年齢不詳で華奢な印象は受けるが、長く一緒にいるせいかギルにはまるでピンとこない。  だが十八の少年の目には出会い頭に威嚇(いかく)してしまうくらい蠱惑的(こわくてき)に映るらしい。  そう考えると耐えられなかった。 「ふ、くくく」 「笑ったなっ! 無礼な、打首にするぞ!」  王子が言ったら冗談にならないジョークだ。 「ふっ、申し訳ありません、いかようにも」  これまでも十二分に愛らしいと思っていたが、こんな可愛い嫉妬をされたらお手上げだ。敵わない。 「まだ笑ってるっ、くそっ・・・・・・んむっ」  ギルはジャレッドの口を塞ぎ、手首をベッドに押さえつけた。 「すこし、黙りましょうか」  そう言ってキスを落とし、抵抗できない唇を思う存分蹂躙(じゅうりん)する。  性急に舌を差し込み、ねっとりと唾液を絡み合わせる。熱烈な口づけを受けながら、ジャレッドは泪目で何かを伝えようとしていた。 「ギル、ギル、・・・・・・契りを結んだら、こうやって、毎日キスしてくれる? それなら俺、ギルと、剣の契りを・・・・・・交わしてもいい」  熱を帯びた唇が喘ぎ喘ぎ言葉を紡ぐ。花びらを象ったような薄い桃色のそこが発する声は、「どくり」とギルの心臓を年甲斐(としがい)もなく大きく跳ねさせた。 「・・・・・・本当に貴方は煽るのがお上手ですね」 「ん、なに?」  ポーカーフェイスの下でひっそりと奥歯を噛み締め、雑念を取り払う。 「なんでもありせん。貴方のご命令であれば幾らでもして差し上げますよ、ジャレッド様」  ギルはわざと無神経な言葉を口にしていた。 「や、違う、命令じゃなくて」 「どうしてそんな悲しい顔をなさるのですか? 私が欲しいのでしょう?」  ジャレッドは何も答えず、傷付いた顔を見せる。   「・・・・・・もうよろしいのですか? では、スティが待ちぼうけておりますので行きましょう」  甘い余韻を嗅ぐわせるシーツの上から身体を抱き起こすと、ジャレッドは「何処へ」と口を開いた。 「ジャレッド様の同胞に逢いに行くのですよ、城の中に部屋がありますから直ぐです」  先ずは、剣の契りの前に知らなければならないことがある。 「同胞? 後でじゃ駄目なのか?」 「大切なお話がありますので、お願いします」  それでも不満そうにシーツをいじるジャレッドの耳元にギルは顔を寄せた。 「続きは戻ってきたらたっぷりと」  ———貴方の気持ちが変わらなければ。  とギルは胸の内で付け足して微笑む。 「・・・・・・お前、ずるいっ」 「ずるくて結構です、さあ行きましょう」  しぶしぶジャレッドは立ち上がった。部屋の前にはスティーヴィーが立っており、ギルとジャレッドに一礼する。 「お疲れであれば、明日に致しましょうか?」 「いいや、構わない」  ギルはスティーヴィーに返事をし、背中に隠れたジャレッドにむかってコホンと咳払いをする。  しかし約束どうりに謝る気配がないので次いで急かす。 「ジャレッド様」  ジャレッドは睨みつけこそしなかったが、つんと澄ました顔で「忘れた」と言ってのけた。 「ジャレッド様・・・・・・!」 「知らない」  スティーヴィーはというと、にこにこと穏やかだ。 「すまないな」 「いいえ、参りましょう」   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  キレットの古城は、その名をペルぺトゥス(不滅の)城と言う。初代の時代から続き、ブリュム公爵領の中で最も歴史と格式がある城であった。  スティーヴィーが歩きながら話しをする。 「その由緒ある地を先代リヒト様が、ギル様へお譲りになられました」 「・・・・・・ふうん」  興味のないふうを装い、ジャレッドがギルの後ろで鼻を鳴らす。  こう見えても王宮以外の城を歩けるのは楽しいのだろう。  ジャレッドが幼い頃から外へ抜け出していたのは、探究心からだけではないとギルは知っていた。王宮での暮らしはジャレッドに多くを与え、自由を奪う。本人も気が付かないレベルでじわじわと押さえつけ、しだいにこれが普通であると感覚が麻痺するのを待つのだ。 「着きました、先にご様子を確認してきます」  ある一室の扉の前でスティーヴィーは立ち止まり、一礼して中へ消えた。 「ギル、ここに誰がいるんだ?」  ギルは静かに扉の向こうを見つめる。 「現在のブリュム公爵にあたるお方です」 「当主がここに?」  ジャレッドは奇妙そうに眉を吊り上げた。 「どうして当主が・・・・・・」  質問の途中でガチャリと扉が開いた。

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