18 / 67
第18話ギルの想い【2】
「ギル」
名前を呼ばれて我にかえると、ジャレッドが毛布から顔を出し軍服の裾を掴んでいた。
「黙ってるけど、怒ってるのか?」
「怒られることをした自覚がお有りで?」
「・・・・・・うっ、やり過ぎたって反省してる。ごめんなさい」
ジャレッドは謝罪を述べて俯いた。
ギルは目を細めた。瞳を潤ませているのが可愛くて、少々、意地悪をしたくなる。一国の第二王子もギルにしてみれば自分の声には素直に従う、従順な仔犬だ。
「私によりも言うべき相手がいらっしゃるのではないですか? 近衛騎士らのことも、もう少し労ってやった方が良いかと」
ギルの小言に、ジャレッドはしょんぼりしたまま頷く。
「ちゃんと謝れますか? 約束ですよ?」
「うん、けど、それまではギルも休め、疲れた顔をしてる」
振り回した当の本人に言われると思わず苦笑いが込み上げる。
「お気遣いありがとうございます、しかし今はお気持ちだけ」
その時、トントンとドアがノックされた。
「きっとスティです。ちょうど良かったですね」
ドア越しに「そこで待て」と返事をしてギルは腰を浮かせる。・・・・・・のと同時に掴まれたままの裾を下に引っ張られ、体勢を崩しベッドに手を突く。
「申し訳・・・・・・」
瞬間、唇をかすめとられた。
たった今約束したばかりなのに、ジャレッドが泣きそうな目で見上げ、「・・・・・・いっちゃやだ」と駄々を捏ねる。
「謝りたいのでは?」
「謝るよ。でも、今すぐはちょっと嫌」
ギルは眉を顰める。ジャレッドは膝の上でギュッと毛布を握り締めた。
「だってあの人、美人だし、ギルに馴れ馴れしい」
ギルはその発言に驚く。産ぶ声をあげた時から使用人に囲まれている王子が何を言うか。執事が主人に忠実なのは知っているだろうに。
特に美人とは何事だ? あいつは男だぞ? 一緒に風呂に入ったことはないが、見た感じ細いだけの凡庸 な身体つきだと思っている。
「あの人、イーノク兄さんに少し似てる」
ギルはきょとんとする。
「お顔立ちなら兄弟なのですから、貴方の方が王太子殿下に似ておりますよ」
「そうゆうんじゃなくてさ、ほらなんて言うの? 魔性っぽい・・・・・・?」
「ま?」
吹き出しそうになった。魔性? 確かに年齢不詳で華奢な印象は受けるが、長く一緒にいるせいかギルにはまるでピンとこない。
だが十八の少年の目には出会い頭に威嚇 してしまうくらい蠱惑的 に映るらしい。
そう考えると耐えられなかった。
「ふ、くくく」
「笑ったなっ! 無礼な、打首にするぞ!」
王子が言ったら冗談にならないジョークだ。
「ふっ、申し訳ありません、いかようにも」
これまでも十二分に愛らしいと思っていたが、こんな可愛い嫉妬をされたらお手上げだ。敵わない。
「まだ笑ってるっ、くそっ・・・・・・んむっ」
ギルはジャレッドの口を塞ぎ、手首をベッドに押さえつけた。
「すこし、黙りましょうか」
そう言ってキスを落とし、抵抗できない唇を思う存分蹂躙 する。
性急に舌を差し込み、ねっとりと唾液を絡み合わせる。熱烈な口づけを受けながら、ジャレッドは泪目で何かを伝えようとしていた。
「ギル、ギル、・・・・・・契りを結んだら、こうやって、毎日キスしてくれる? それなら俺、ギルと、剣の契りを・・・・・・交わしてもいい」
熱を帯びた唇が喘ぎ喘ぎ言葉を紡ぐ。花びらを象ったような薄い桃色のそこが発する声は、「どくり」とギルの心臓を年甲斐 もなく大きく跳ねさせた。
「・・・・・・本当に貴方は煽るのがお上手ですね」
「ん、なに?」
ポーカーフェイスの下でひっそりと奥歯を噛み締め、雑念を取り払う。
「なんでもありせん。貴方のご命令であれば幾らでもして差し上げますよ、ジャレッド様」
ギルはわざと無神経な言葉を口にしていた。
「や、違う、命令じゃなくて」
「どうしてそんな悲しい顔をなさるのですか? 私が欲しいのでしょう?」
ジャレッドは何も答えず、傷付いた顔を見せる。
「・・・・・・もうよろしいのですか? では、スティが待ちぼうけておりますので行きましょう」
甘い余韻を嗅ぐわせるシーツの上から身体を抱き起こすと、ジャレッドは「何処へ」と口を開いた。
「ジャレッド様の同胞に逢いに行くのですよ、城の中に部屋がありますから直ぐです」
先ずは、剣の契りの前に知らなければならないことがある。
「同胞? 後でじゃ駄目なのか?」
「大切なお話がありますので、お願いします」
それでも不満そうにシーツをいじるジャレッドの耳元にギルは顔を寄せた。
「続きは戻ってきたらたっぷりと」
———貴方の気持ちが変わらなければ。
とギルは胸の内で付け足して微笑む。
「・・・・・・お前、ずるいっ」
「ずるくて結構です、さあ行きましょう」
しぶしぶジャレッドは立ち上がった。部屋の前にはスティーヴィーが立っており、ギルとジャレッドに一礼する。
「お疲れであれば、明日に致しましょうか?」
「いいや、構わない」
ギルはスティーヴィーに返事をし、背中に隠れたジャレッドにむかってコホンと咳払いをする。
しかし約束どうりに謝る気配がないので次いで急かす。
「ジャレッド様」
ジャレッドは睨みつけこそしなかったが、つんと澄ました顔で「忘れた」と言ってのけた。
「ジャレッド様・・・・・・!」
「知らない」
スティーヴィーはというと、にこにこと穏やかだ。
「すまないな」
「いいえ、参りましょう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
キレットの古城は、その名をペルぺトゥス 城と言う。初代の時代から続き、ブリュム公爵領の中で最も歴史と格式がある城であった。
スティーヴィーが歩きながら話しをする。
「その由緒ある地を先代リヒト様が、ギル様へお譲りになられました」
「・・・・・・ふうん」
興味のないふうを装い、ジャレッドがギルの後ろで鼻を鳴らす。
こう見えても王宮以外の城を歩けるのは楽しいのだろう。
ジャレッドが幼い頃から外へ抜け出していたのは、探究心からだけではないとギルは知っていた。王宮での暮らしはジャレッドに多くを与え、自由を奪う。本人も気が付かないレベルでじわじわと押さえつけ、しだいにこれが普通であると感覚が麻痺するのを待つのだ。
「着きました、先にご様子を確認してきます」
ある一室の扉の前でスティーヴィーは立ち止まり、一礼して中へ消えた。
「ギル、ここに誰がいるんだ?」
ギルは静かに扉の向こうを見つめる。
「現在のブリュム公爵にあたるお方です」
「当主がここに?」
ジャレッドは奇妙そうに眉を吊り上げた。
「どうして当主が・・・・・・」
質問の途中でガチャリと扉が開いた。
ともだちにシェアしよう!