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第19話ギルの想い【3】

 スティーヴィーが無言で顔を出し、頷く。入っても良い、その代わり静かに、そう言っているように見える。  ギルは神妙(しんみょう)に頷き返した。  部屋は広い。古いが温かみのある暖炉に毛足の長い絨毯が敷かれ、テーブルセット、カウチソファ、キャビネット、どれを取っても一級品が揃えられていた。どれもが汚れひとつなく真新しい印象を受ける。  それらはギルが一年前に帰省した際とレイアウトから何もかも変わっていない。使用感がないのは、この部屋の主が文字通り部屋のものをほぼ使用していないからだ。  暖炉の部屋の奥にもう一つ扉がある。  扉を開けると窓際にベッドが置かれていた。  そよ風に揺れる絹のカーテンを追いかけていた太陽色の瞳が、来客者に気が付いて視線を移した。 「ギル、おかえり」  クライノートはギルに声をかけ、後ろに立つジャレッドを柔かに迎える。 「ジャレッド第二王子、ようこそおいでくださいました。ひどく無粋(ぶすい)な格好での出迎えをどうかお許し下さい」  穏やかな顔をしているが表情は乏しく、覇気のない声は弱々しい。闘志に溢れて上を向いていた立ち耳は力なく、耀きを失った太陽の獅子はスティーヴィーに支えられながらベッドに上体を起こし首を垂れた。 「あなたがブリュム公爵?」  問いかけるジャレッドの声は固い。 「はい、いかにも」 「どうゆうことだ? 王宮に出入りしていた者とは顔が違うぞ」 「名前を継いだのは間違いなく私であります。しかし実質、公爵としての職務を致しているのは執事長のパトロ。補佐にはオズニエルという者を。王子が見かけたのはそちらの二名でありましょう」  ジャレッドは怪訝な顔でギルを見る。「事実です」とギルが頷くと、矢継ぎ早に質問を重ねた。 「ではブリュム公爵。あなたは病気なのか? 公務を使用人に一任している当主なんて聞いたことがない」  クライノートは首を横に振る。 「いいえ、お恥ずかしい話です」 「ならば何故そんな姿で寝込んでいるんだ? それに同胞とはなんだ? 俺は人間で公爵は見たところ獣人、共通点は無かろう」  怒涛のごとく投げかけられる問いかけに、クライノートはしおしおと耳を伏せ、苦しげに胸へと手をやる。ギルは「一度、落ち着いて下さい」とジャレッドの肩を抱いた。  ジャレッドは口をつぐみ、クライノートが硬く目をつぶり断続的に胸を上下させるのを黙って見つめた。 「・・・・・・王子、申し訳ありませんでした。一つずつお話ししましょう。長くなります。スティ」 「はい」  クライノートはスティーヴィーに「椅子と茶を」と指示を出す。  ギルとジャレッドは用意された椅子に腰掛け、クライノートが話し出すのを待った。 「クライ、ゆっくりでいい。俺が話そうか?」 「すまんなギル、でも大丈夫だ。これは俺の役目だから」  やがてクライノートは瞼を閉じて大きく息を吸う。それからクッと瞼に力を込め、再び目を開けた。  ギルの横でジャレッドが息を呑む。 「光の粒が舞っている・・・・・」  クライノートの太陽色(オレンジ)の瞳に(かがや)きが灯り、その瞬間、風圧のような何かが部屋中に(みなぎ)った。空気が一瞬にしてダイアモンドに変わってしまったのかと思うほど、今も細かな光を反射してきらきらと光を放っている。 「王子が見るのは初めてでしょう。自分では気が付かないものです」 「自分ではって・・・・・・」  ジャレッドは翠のまなこを見開いてギルを見た。 「ジャレッド様も、同じ力をお持ちです」 「そうです、王子の中にも魔法の力が受け継がれております。この光の粒子は魔力のカケラ。魔法族の体内で高められた強い魔力は、体外へ漏れ出ると、このような形となり可視化できるようになるのです」  激しく狼狽(ろうばい)してジャレッドがベッドを振り返る。 「でも俺、魔法なんて」 「魔力をそれ相応の魔法に変換させるには訓練が必要となります。簡単にぽんぽんと出せるわけじゃない。乳幼児期の暴発を除き、当人が使おうとしなければ魔法は発動しない。そこを利用して、これまで王子には隠されてきたのです」  :隠されてきた!とのワードが出たとたん、ジャレッドの顔に暗い幕がかかる。 「これも隠し事か・・・・・・、おかしいとは思ってたけど」 「ジャレッド様がお外で得た情報とはこの事だったのですね」  話しかけると、ジャレッドは憤然とギルを睨んだ。 「・・・・・・それだけじゃない」  ジャレッドの顔や声からは明らかな不信感が滲んでいる。 「王子、周りを責めてはいけません」  クライノートは優しく言った。 「何故だ? コソコソ隠し事をされて、怒るのは当然だろうっ」 「ええ、王子の怒りは当然でしょう。生まれた瞬間から王宮内だけが世界だと定められ、外部とは断絶させられ、友人も奪われたのですから。ただ貴方は、一筋縄ではいかなかったようだ。そこでお父上とお母上は王宮に閉じ込めるのを諦めて、通例通り番犬を息子のそばに置いた。しかし自由になったと見せかけて、リードを付けられていたのは番犬ではなく王子の方。番犬(ギル)は主人に気付かれぬように網を張り巡らせ、上手く立ち回ってきました」  話を聞きながら、ジャレッドはぎりぎりと拳を握り締める。 「じゃあ、大怪我が原因でゲーニウスの騎士を辞めて護衛になったっていう、俺に伝えられていたギルの経歴もぜんぶ嘘なんだな」  即座にギルは「いいえ」と否定した。 「ぜんぶではありません。ジャレッド様、よく聞いてください。家族は貴方に隠し事をしていたんじゃない、逆なのですよ、貴方を隠そうとしたのです。全ては貴方を護るために!」

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