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第30話後悔と約束【4】
「さて、おおかた片付いたかな」
リヒトはつかつかとクライノートに歩み寄ると、手首の拘束を解く。それから赤子を抱くように優しく抱き起こし、目を覆う布を外した。
「大丈夫かい?」
「リヒト・・・・・・すまぬ、情けない」
「いいや、大きな怪我がなくて何よりだ」
意地らしく距離感を保つ二人に、どうしてだかギルが歯痒さを感じる。二人ともきっと抱き締め合いたいのを我慢しているのだ。
「んだよっ、こいつらただの執事じゃねぇじゃん」
そんな二人のムードの中に邪魔な罵声 が飛んだ。
どうやらユーリに与えられた手刀は気を失わない程度に加減されていたようだ。彼は惨めたらしくバタバタと暴れ、パトロとオズニエルに取り押さえられている。
リヒトは吐き捨てられた唾と負け惜しみの言葉を無視し、ユーリに近付くと冷ややかに見下ろした。その目は氷よりも冷たく、殺気を帯び、見られていないギルの心臓をも震え上がらせる。
そのまま腰を屈め、ユーリの顎を指先で持ち上げてニコリと笑む。
「まずひとつ、クライを可愛いと言っていいのは私だけの特権だよ。よく覚えておきなさい」
「・・・・・・ひっ、い・・・・・・くそ、それを言ったのは俺じゃないのにっ」
ユーリは悔しそうに悪態をつく。だが表情とは裏腹に少しも笑っていない瞳に見据えられれば、頷かざる得ない。
怯えて萎縮したユーリを見すがめて一息つき、リヒトは尋問 を始めた。
「ユーリ・エヴァンソンと言ったか、君がこの集団のリーダーかい?」
ユーリはふるふると首を振った。
「そう、けど今答えられるのは君しかいないから君が答えるんだ。いいね?」
ユーリは黙りだが、リヒトは続ける。
「君たちは人間だね、どの国にも属さない野党集団ってとこかな? どうりで魔力がクライノートの嗅覚に引っ掛からなかったわけだ。器用なエルフたちが魔道具を作って闇商売をしていると調べがついているんだが、幻術や頻発してたアスピダ城砦への攻撃もそれを使ったのだろうね。 狙いはオウグスティン家の失墜?」
「はんっ、簡単に白状すると思ってるのか」
ユーリはぺっと唾を吐きかける。
「じゃあ仕方がないね」
リヒトが目配せをすると、オズニエルがユーリの腕をひねり上げた。続けて「紅茶を淹れますか?」と言うみたいに、「肩を外しますか?」と聞くものだから、ユーリの口から悲鳴が漏れた。
ギルもたまらずゾッとして、自身の肩をさする。
「・・・・・・いててて! 知らねえよ、俺らは渡されたものを使って言われたようにやっただけだっ!」
「ほう、では雇い主は誰かな?」
しかしユーリは苦悶の表情を浮かべ、口を引き結ぶ。
「雇い主までは言うつもりはないか。もしや大切な家族でも人質に取られてるのかい?」
ユーリの顔がサッと青褪 める。図星なのだろう。
「くっ・・・・・・俺を殺すなら殺せよ! でも残念だったな、俺らを捕まえても終わりじゃないぜ?」
「・・・・・・なんだ、うん?」
ユーリの言葉は苦し紛れに吐いた負け惜しみとは違うようだ。
ドシンッ!!と王宮の外で地響きが鳴る。
巨人が大きな金槌 で地面を叩いていると言っても過言ではないほどの轟音だ。一度ではおさまらず、「ドシン! ドシン!」と地面が激しく揺れ始め、沈黙を貫いていた王宮内は騒めき出す。
「ユーリ、外で何が起きている? ユーリ!?」
聞いた直後にリヒトが凄まじい形相でユーリの頬を叩いた。
「義父さん?!」
「・・・・・・んがっ! ごほっ!!」
ユーリは激しくむせこみ、叩かれた拍子に口内に歯が当たって傷ついたのか、唇の端から血が伝っている。
「見なさい」
吐き出された血が「ぽとと・・・」と絨毯を赤く染め、一緒に極小の蛙が飛び出してきた。
蛙は小指の爪ほどの大きさ。
リヒトは躊躇いなく蛙を踏み潰す。平べったく伸びた蛙の内側からはドロリとした濃い紫の血が溢れ、しゅわしゅわと湯気を立てながら王宮の絨毯を爛 れさせる。
「毒蛙か・・・・・・、こいつの血の刺激臭は俺には堪らん」
クライノートが鼻を摘んで、眉を顰めた。
「ああ、手荒い真似をして悪かったね」
ユーリは床にぐったりと横たわり、未だゲホゲホと咳き込んでいる。
「何故わかったのです?」
ギルはひっくり返った蛙の亡骸を見下ろし、首を捻った。
「青白い顔で吐きそうな顔をしていたから気が付いた。コイツらの嫌なところはその小ささと、生きているところさ。自ら服毒しなくても、喉の奥に勝手に潜り込もうとしてくる。たしか舌と咽頭の働きを鈍くするために表皮の粘膜にも微量に毒が含まれていた覚えがある、すぐに解毒が必要だ。パトロ、彼を看てやってくれ。彼は貴重な証人だからね。死なせないで」
「かしこまりました」
「オズニエルはそこに寝ている彼の仲間たちを拘束しておいてくれ」
「承知致しました」
そしてユーリはパトロに運ばれて行く。
ユーリはその後地下牢に繋がれるだろう。当然の報 いだが、苦しみ悶 える姿を見せられてからでは後味が悪い。
しかし感傷に浸っている時間はなかった。
外の騒音が激しさを増していた。
事前にリヒトが手を回してくれており、現在ギルたちがいる王宮の本殿は立ち入り禁止になっていた。
騒ぎに怯えて、本殿の左右に建てられた塔に避難していた使用人らが続々と外の様子を伺 うように飛び出していく。押し合いへし合いで「もみくちゃ」にされ、多くの悲鳴や叫びがこの場にまで届いて聞こえる。
「暴動を鎮 めないといけないね、あとは街がどうなっているのかを見に行かないと」
「お、おれが見に行きます」
ギルが声を上げた。今のところまだ、護るべき立場である自分が何の役割も果たせていない。
「うむ、俺も行こう」
クライノートがのっそりと後に続く。
「リヒト、王家は大丈夫だな?」
クライノートの問いに、リヒトは頷いた。
「勿論だ、既に安全な場所に避難させている」
「そうか、ではリヒトはここで王宮敷地内の混乱を収めてくれ。行くぞ、ギル」
「はい」
ギルとクライノートは駆け足で王宮の外に出た。
「くそ、何だよこれっ」
「ちっ」
混乱を極めた街では王都軍がまるで機能していない。
高台の下に広がる街は破壊され、至る所で悲鳴が飛び交っていた。
「野党らはどこに潜んでいるんでしょう?」
街を荒らしている野党集団はユーリ同様に人間国からの寄せ集めだ。身なりは違くとも、姿形はヴィエボ国民と変わらない。
その時、ギルはその中でおかしな動きをしている奴を見つけた。
逃げる民衆の中で不自然にたたずむ男。腕を突き出し、手に握った何かの破片をかざしている。キラキラと太陽光を反射しているため遠目でも目についた。リヒトが言っていた魔道具というのはあれだと、クライノートはギルに耳打ちをする。
「あれが?」
そのおかしな動作の意味はすぐに判明する。
何処からともなく現れた炎によって、破片を手にした野党が立っている場の手前一帯が灼熱 に覆われたのだ。
瞬く間に家が燃え、店が燃え、泣きながら人々が逃げまどう。
闇で出回っているという魔道具とやらは、エルフの力を鏡に閉じ込めたものだった。
エルフが得意とする魔法は他の魔力持ちの種族に比べて威力は劣るが広域に効く。
破片はそれぞれ効果が違い、火事、暴風、雷、地震、あらゆる厄災が鏡に映した範囲に出現する仕組みだった。
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