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第32話リヒトの遺言【1】
場所はキレットの古城に戻された。
クライノートが窓の外へ視線を向ける。
ギルとクライノートの昔話はひと段落を終えたのであろうか、二人は互いに補い合いながら話をした。迷いこんできた風までもが義兄弟の話に聴き入り、楽しげに揺れていたカーテンもぱったりと動きを止めている。
ギルは懐かしさよりも己れの後悔に苛 まれ、ジャレッドは固唾を飲み、スティーヴィーは空気のようにしんみりと気配を消していた。
クライノートは今一度、大きく息を吸い口を開く。
「私は出自のせいで、魔法族の知識を持たずに育った。私が知っていた知識は全てリヒトの受け売りでしかなく、ギルも私も、リヒトの言うがままに物事を信じ込んでいました。また悲しいことにリヒトの予想していた物語のシナリオはそこで終わりではなかったのです・・・・・・」
野党集団が捉えられ、王都は平穏を取り戻したものの、主犯は分からずじまいのまま闇に葬られた。
残されたのは瓦礫の山とヴィエボ国民の心の傷跡。もともと魔法族を忌み嫌っていた貴族らがここぞとばかりに国民の恐怖心を煽り、魔法族への反感は強まる一方となった。
行き過ぎた恐怖心のためか、関係のない者がいわれのない罪で暴行を受ける事件が多発し、危機感を覚えたアンデレ国王が国民全体に緘口令 を敷くまでに事態は発展したのだ。
その後はこの一大事を口にすることは禁じられたが、国民の記憶から恐怖心を消すすべはない。
さらにクライノートを襲った植物が厄介だった。あれは魔力が大好物の吸魔草と呼ばれる人間国では見られない植物。それに狙われてしまったために、クライノートに疑いの目が向いてしまったのだ。
そこに追い討ちをかけるように、国内中で「ゲーニウスの総司令官が魔法を使っていた」との目撃談が流れた。
ゲーニウスを構成する身分層を考えれば、どこの誰らが流したものかは明確。大半がデマであったが、未だ心に傷を抱える国民にとっては真実かどうかなどどうでもよく、オウグスティン家は窮地に陥ることとなる。
王家と公爵家の繋がりの濃さは常識であり、不躾な言いがかりであるとした国王からの擁護 がかえって状況を悪化させてしまった。
しかしながら生前のリヒトは、この最悪の流れまで読んでいた。
「リヒトは死ぬ前に全てを私やパトロ、ギルに分配して託していた。それだけに留まらず、まさしくリヒト自らが魔法族の血を引く者であり、オウグスティン家を誑 かし、国を騙してきたんだと遺言者に記していたのです。皮肉にも死ぬ間際の私を救ったことが、リヒトの嘘に決定的な確証をもたらしてしまった。こうしてリヒトはクソ貴族共が撒き散らしていた汚名まで被って死んだ。一体どこまで先読みしていたんだか、準備が良過ぎて・・・・・・笑えてきてしまう」
リヒトの遺言は国中で物議を醸した。オウグスティン家は一転して被害者となり、公爵の爵位を取り上げようとする動きは次第に消えた。そうして国王から慈悲をかけてもらうていを取りブリュム公爵の存続が許された。
これにて一旦は終息をみせたが、完全に元通りとはいかず、ゲーニウス内でのクライノートの失墜は免れなかった。
亡くしたものが大きすぎたのだ。
クライノートがトップに君臨し、最高権力を有するにおいて、その芯となっていたのはオウグスティン家の名前が半分と、もう半分は抜群の戦センスに高いカリスマ性。
ここの時点でギルははじめて知ることになるのだが、実のところクライノートの真の姿はとてもとても弱い人だった。失意のどん底の彼に、もはやゲーニウスの隊員を大人しく抑えておくだけの気概 は示せなかった。
オウグスティン家に向けられた敵意は深く難解な溝のようだった。
後ろ盾のなくなったギルは戦いの場で仲間に軍馬の上から突き落とされて大怪我を負い、ゲーニウス内で居場所を失うこととなる。
「・・・・・・我々魔法族の存在は時と共に緩やかに消えゆくはずでした。しかしなまじ隠してきてしまったせいで、魔法の恐ろしい面のみが国民に露見してしまった。ジャレッド王子はお気づきでしたか? 国交が盛んになった現在でも、魔族やエルフといった魔法を使う種族は立ち入りを禁じられている。そんな国で、貴方が魔法族だとばれたらどうなるでしょうか? 間違いなくヴィエボ国内で味方は一人としていなくなる」
王宮は躍起になってジャレッドの存在を隠そうとし、しかし隠そうとすればするだけ、ジャレッドは反発するように外世界へ関心を向けた。
やがて手に負えなくなった王家から、ギルに護衛騎士のお達しがきた。話し合いの場にはイーノク王太子が姿を見せ、「お前になら任せられると、リヒトが言っていた」と直々に伝えられたのだ。
ギルは葛藤の末に命令を受け入れる。その際には魔法族と結び付けられる全てが排除され、オウグスティン家の名前は厳重に伏せられた。
「どうして・・・・・・」
ジャレッドは掠れた声でそれが精一杯というふうに言った。
ギルは他に何が疑問なのかと首を捻るが、問いかける前にクライノートが遮った。
「すまぬ、王子と二人で話をさせてくれ」
ギルは承諾しかねて、返答を渋る。
「ギル様、ここは当主にお任せして紅茶でも飲んで待っていましょう。そろそろ良い茶葉が届く予定なのです」
クライノートから目配せを受け、スティーヴィーは「さあ」と椅子をひき、扉の方へ手を向けた。
「ジャレッド様、お一人で大丈夫ですか?」
「平気だ。執事と一緒に外へ出ていろ、ギル」
ジャレッドには突っぱねられてしまい、ギルはやむを得ずのろのろと重たい腰をあげる。
「・・・・・・わかりました。私は向こうの部屋の、直ぐそこにおります。いつでもお呼び下さい」
ギルは一礼し、往生際の悪い背中を押され部屋の外へ追い出された。
背の後ろでパタンと扉が閉まり、ギルは同時にずるずると座り込む。
「やはり、イーノク様の意向に背いてでも、こんな酷な真実なんて話すべきじゃなかった・・・・・・っ! 見たか? ジャレッド様のあの辛そうなお顔を」
ギルは誰に対して言うのでもなく、己れ自身を問い詰める。
くしゃくしゃとプラチナブロンドの短髪を掻き乱して悔やむギルに、スティーヴィーは考え込みながら質問を投げた。
「うーん、ですがずっと考えていたのですけれど、契りには魔法をお使いになるのですよね? ジャレッド殿下に伝えずに行うことは可能だったのでしょうか?」
「・・・・・・それは可能だと思う」
「思う?」
スティーヴィーが首を傾げた。
ギルは「うん」と曖昧に返事を返す。
契りの原理はたぶん物凄くシンプルだ。
リヒトの性格からして、彼の言動や行動はすべて意味のあるものと考えるのが妥当。
どこまでが彼の嘘で、どこまでが本当なのか。ギルはあの日に見せられた濡れ場を精査してみた折に、思い立つことがあった。
「義父さんは、人間に魔力が移るのは禁術をかける上での副産の効果だと言った。だがおかしくないか? この国は魔法族の住む魔法大国だったんだろう? 仮に身代わりに選ばれるのが人間だったとしても、彼らにとっては命を握られる恐怖の術でしかなかっただろう。その術に魅力を見出し、形を変えて、後世に伝えていったのは国民だ」
言いたいことが飲み込めていなさそうなスティーヴィーに、ギルはワゴンに乗ったティーカップを指差す。
「たとえばスティが紅茶を飲んでいるとして、同じ紅茶の入ったティーカップをもうひとつ差し出されて嬉しいか? ティーカップはひとつあれば十分だろう?」
魔法大国の国民は、魔法族。となれば皆が魔力を既に持っている。おまけ同然の副産の効果が、注目されるほどのことだったのだろうか。されたのだとしたら別の理由があるはずだ。
当時の恋人たちの心を射止める何かがあったはずなのだ。
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