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第34話リヒトの遺言【3】
何度思い出しても鳥肌が立つ。
高潔で孤高の強さを誇っていたクライノートが毎夜のごとに泣き叫び、リヒトの亡霊を探し求めてアスピダ城砦を彷徨い歩いていた。
総司令官を辞させて王都の屋敷に連れて帰ってからが酷く、リヒトを探して暴れ回り屋敷を半壊させたこともある。
そしてあれは落ち着きを取り戻したかに見えた頃だった。
クライノートはリヒトの部屋に籠りきり、限られた人以外とは会わない生活を送っていた。パトロとオズニエルは公爵代行としての公務が忙しく、屋敷には不在だったのが災いし発見が遅れた。
着替えの手伝いで部屋を訪れた使用人が悲鳴をあげるまで、クライノートはリヒトのような何かを魔法で作り続けていた。
もうもうと立つ銀粉の煙の中で、何体も山積みになったマネキン人形。使用人を震撼させたのは、マネキン人形の一人一人が短剣を手にしていたということ。
しかしそれらは光る砂粒の塊でしかなく。触れると脆 く、崩れていった。
知らせを聞いて駆けつけたギルが見たのはやつれた顔で眠るクライノート。限界まで魔力を使ったために肌は生気を失って青白くカサカサで、血が通っているのか不安で不安でたまらず、しばらく様子を伺いに通い詰めたものだ。
ベッドの上で尻尾を丸め、大事そうにリヒトの服を抱き締める姿は、獅子奮迅 たるクライノートの面影が消えてしまうほどに一回りも二回りも小さい。
その後クライノートは何故こんなことをしたのかという問いに、リヒトに殺して欲しかったんだと明かした。途中で人の創造は無理であると気が付き、であれば命が尽きるまで魔力を使ってみようとしたんだと。
「自分のせいであるとの自責の念も有りましたが、クライはそれ以上に、義父の居ない世界で長い年月を生き続けることに耐えられなかったのです。その結果が、まるで屍 のようなあの姿だ。ジャレッド様はクライよりも強い魔力をお持ちだと聞いています。となると、クライよりも遥かに長く生きることになるでしょう。寿命の短い人間であり、いつ死ぬかもわからない私とは、真に愛し合うべきではない。契りを交わすのであれば尚更。私の事などは、いつでも捨てられる盾とでも思って下されば良いのです」
自惚 れた予防線であっても、ジャレッドの恋情が間違っても自分に向かぬよう、正当な距離を保とうと心がけていた。
それなのにジャレッドが自分に恋心を抱いているかもしれないと知った時、舞い上がってしまった心に勝てなかった。
ギルは己れの心の弱さに杭を打ち、自分が死んだ後もジャレッドが変わらずに生き続けていけるように、別に愛する人を見つけて欲しいと行動した。
だがそれはジャレッドを傷付けただけで終わったらしい。
・・・・・・自分は毎度失敗ばかりだ。
と、そこで黙って聞いていたジャレッドが口を開く。
「お前さ、馬鹿じゃない??! 」
ギルは思いがけなかった暴言に瞠目する。
見ると、ジャレッドはムッと口を尖らせて、怒りに震えていた。
「薄々思っていたことだけど、ギルは鈍感だよね。俺のためって、全部自分のためにじゃん。義父が死んで、ボロボロになったクライノートを見て、傷ついたのはお前自身だろ?? お前はずるいよっ、好きな人から一方的に優しさをもらって嬉しいやつがどこにいる? 自分が受け取れないなら、相手にもあげちゃ駄目なんだよ。何でわからないの・・・・・・俺にもちゃんとギルを愛させてよ・・・・・・っ」
気づけばジャレッドは涙をこぼしていた。ぎゅっとギルの軍服の裾を握り締め、「それに」と続ける。
「リヒトとクライノートの二人が愛し合ったことを後悔しているかどうかなんて・・・・・・、そんなの二人にしか、わからないじゃないか・・・・・・」
ギルは息を呑み、ジャレッドの頬に手を伸ばした。
ジャレッドの頬を流れ落ちる涙が、何よりも雄弁に彼の想いを伝えているではないか。
ジャレッドは自身の立場をよく理解し、国のために強くあろうとしていた。十二歳を越えたあたりからは、その証拠に決して人前では泣かなかった。
ギルの前でも、泣かなくなったのだ。
そうだ・・・・・・、そうだったじゃないか。
見なくても良いものばかりに気を取られ、ここ数ヶ月で増えた涙の意味に気がつけなかった。一番そばで、ジャレッドを見てきたはずなのに。
「・・・・・・私は最低ですね」
ギルは額を押さえ、顔を覆う。
「ねえ、ギル。剣の契りがどんな意味合いで生まれたものであっても、俺はこれまで信じてきた騎士同士の話が好きだよ。話を聞いた限り、一生本物の騎士には成らせてもらえないんだろうけれど、俺はそのつもりでいる。どちらか一方じゃなくて、俺たちは互いに誓い合うんだ。ギルが俺の身代わりになるなら、俺はギルの身代わりになりたい。それとも俺が相手の騎士じゃ、力不足だと思ってる?」
「いいえ、まさか・・・・・・」
咄嗟に口に出したものの、ギルは縦にも横にも首を振り損ねた。
自分の身代わりになんて、何があってもそんなことはさせられない。しかしジャレッドも、それは承知の上だろう。
ギルはジャレッドをぐっと引き寄せた。
「ジャレッド様、それでは一つだけ約束を。今後は二度と私の目の届かないところへ行かないと誓ってください」
「それって王宮から出るなってこと?」
「ちがいます」
ギルは不満げな唇の淵を指でなぞった。
「一人で出るなと言うことです。私が目の届く範囲であれば貴方を護れる。貴方が生死の危険に晒されなければ、私にも死の危機は訪れない。そういうことです」
———寿命が二人を別つその日までは、せめて、長く共に生きていけるように。
「約束できますか?」
ギルが言い終わるとジャレッドが返事を伝えようと口を開けた。
ギルはチュッと薄桃色の唇を塞ぐ。
答えなどは聞かなくてもわかる。ジャレッドからのイエスの返事はすぐに情欲を帯びた喘ぎ声に変わっていった。
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