37 / 67

第37話所有の印【3】

 ギルはジャレッドの首元に顔を埋め、鎖骨の汗を舐めとる。包むように頭の下に手を差し込むと、後頭部を後ろに引き、おとがいを反らさせた。 「う、あ、ギル・・・・・・?」  ギルは「大丈夫」と微笑みかけ、喉仏に舌を這わせる。 「いきますね」  そして大きく口を開けた。 「ひううッッ!!」  瞬間、ジャレッドの爪先がピンと伸びた。  ギルは一思いにジャレッドの首に噛みつき、歯を食い込ませた。ギルの歯は汗に濡れた皮膚を裂き、やわらかい肉に突き刺さる。  血液を押し出すように顎に力を込めて食らいつくと、とろりとした血の風味で口いっぱいが満たされ、ギルは喉を豪快に鳴らしてそれを呑み込んだ。 「・・・・・・イッ・・・・・・あッ」 「ほう、やはりこれで正解でした」  ギルは自身を包みこむ高揚感に舌鼓(したつづみ)をうつ。内から来るそれをそう表現するのは正しくないのかもしれないが、カッと熱くなった粒子が弾け、血管を通って全身に行き渡る。知り得なかった神経と神経が繋がり、細胞が目覚め、新しい感覚が芽生えたようだと言えばいいのか。  ただ一つ、問題が。  ジャレッドの血が体内に取り込まれると、酩酊感(めいていかん)に引きずり込まれ、我を忘れてしまいそうになるのだ。  口腔内に残る血の味に、吐き気をもよおす嫌な感じは覚えなかった。  それどころかほんのりと甘く、口から鼻に抜けていく薫りに意識を持っていかれそうで目がチカチカとする。  ギルはジャレッドを見下ろした。ジャレッドの首筋は喉仏の下から鎖骨にかけて生々しい鮮血が流れ、真っ赤に染めあげられている。   恐ろしい所業をしているはずであるのに、ルビーを溶かしたような血液が噛み痕からとぷとぷと溢れ出してくる様に、余計に酔いが回りそうだ。すぐさま沸々と高ぶりが押し寄せ、むくむくとギルの性器がジャレッドのナカで膨れあがる。  ギルは小指の先から性器の先端まで、激しい衝動の渦に浸っていた。無意識のうちに身体は突き動かされ、口を開き、噛み痕に吸い付く。 「んううッ・・・・・ううう——!」  噛みついた拍子に、ぷしゃりとギルの腹に生温かい液体がかかった。ジャレッドは胸を仰け反らせて、ぷるぷると痙攣する。 「うッ・・・・・・、ひぐッ、あ、ア・・・・・・」 「ジャレッド様・・・・・・感じてるの? 可愛い、可愛い、止まりせん・・・・・・っ」  噛み付くと中が締まり、ペニスが絞られる。  それが気持ち良すぎて、ギルは無心になって噛み痕を愛撫し、腰を強く打ち付けた。精を解き放つ間際に最奥の壁を押し開き、駆け登ってくる熱を、ジャレッドの奥底にたっぷりと吐き出す。 「は、あっ、あっ、ああああ!」  男の精液を注ぎこまれるはじめての感覚に、ジャレッドの腰が浮いた。激痛と快感がごちゃ混ぜになり、引き攣った悲鳴の後に溢れた声は砂糖菓子みたいに甘ったるく鼓膜を揺らす。  ギルは誘われるように、ふたたび首に喰らいつく。  股関節ぎりぎりまで足を開かせ、手足を押さえつけ、最奥を狙って、深く腰をグラインドさせる。 「ああっ、やああっ、激しっ、あああ———っ・・・・・・!」  ぷしゃっぷしゃっと潮を噴き、ジャレッドは大きな絶頂をむかえて身体を震わせる。  中が精液を強請るようにうねり、ギルはうめいた。  だが、いくら熱を注いでも・・・・・・、怒張が止まない。 「ッ・・・・・・申し訳ありません、・・・・・・止められません」  気づけばギルの全身も汗びっしょりになっていた。ゆらゆらと腰が動いてしまうのが苦しくて、しかし衝動を抑え込むのはさらに苦しかった。  自分の唇を強く噛み、なんとか昂ぶりを沈めようとすると、朦朧としながらジャレッドがギルの手を取り、首元に触れさせ、「いいよ、して」とつぶやいた。  思いもしない行動に、ギルはしばし呆然とする。 「・・・・・・噛んで、もっと」 「でも、けど、これ以上は、貴方を傷めつけたくありません・・・・・・っ」 「いい、して」  そしてジャレッドの手が伸びてきたかと思うと、ギルの首にギュッと抱きついた。  強く引き寄せられ、ギルは衝撃を受けた。 「して、お願い」  鼻先に傷口が押し付けられ、強制的に服まされる甘い薫りに頭がおかしくなる。激薬と火薬が血液にのって、ばちばちと瞼の裏で爆ぜたみたいな、むせかえりそうで、重たい匂い。 「耐えられなくなったら・・・・・・っ、股間を蹴ってでも必ず突き飛ばしてくださいね」  限界だった。ギルは強く言い、ちろちろと血を舐めはじめた。 「ああ・・・・・・うッ・・・・・・」    傷を抉るたびに、ジャレッドの声は空気中にもったりと響く。口をつけて大胆に吸い上げてやると、半勃ちの性器からタラタラと色のない蜜をこぼし、泣きながら腰を震わせる。 「アっ・・・・・・ああっ」 「ジャレッド様・・・・・・気持ちが良いのですか?」 「ふ、ンン、わかんないけど・・・・・・嬉しいのかも・・・・・・だって、ごめんなさい、お前には辛い責務を背負わせてしまうから。気休めだってわかるけど、噛まれて痛いぶんだけ、ギルの重責(じゅうせき)を少しだけ分けて貰えた気がする・・・・・・。だからギルが辛くなったら、いつでもこうしていいんだよ・・・・・・」  そう言いながら、ジャレッドはギルを抱き締め、頭を撫でる仕草をする。  それは辿々しく心許ないが、優しくて、ジャレッドの幼い時を思い起こさせる手つきだった。  あの頃と違うのは、撫でているのがジャレッドで、撫でられているのがギルであるということ。 「・・・・・・これまで一人でよく頑張ったね。俺のために、俺たちのために、命をかけてくれてありがとう」 「ジャレッド様・・・・・・、っ・・・・・・」  ギルは胸がいっぱいになり、叫び出したい気持ちを懸命に堪えた。  決して(むく)われたりしない。ゴールもないと思っていた。終わる時は死ぬ時のみであると、身代わりとして責を全うする時が終わりであると、解放されるならその時であると。  実家の食事処でリヒトに見染められ、家族と引き離されて地獄のような日々を送った。騎士となってからは護衛として呼ばれるのを待ちながら、一心不乱にゲーニウスで剣を振るった。交わるはずのなかった争いの流れに知らずうちに巻き込まれ、ここを走りなさいと、自分の意思とは関係なくレールが決められた。畑違いの自分が居場所を得るために、置いていかれないように死に物狂いでついて行くしかなかった。  けれどよくわからないままにリヒトが死んで、よくわからないままに立場が揺らいだ。よくわからないままにクライノートがおかしくなり、これまでの血を吐くような努力が、身代わりとなって死ぬためであると気が付いてからは目の前が真っ暗になった。  やれと言われたことをやるだけの盾。  それが自分に望まれた姿ならば「もう、それでよい」と、諦めた気持ちでジャレッドの前に立ったのだ。  しかし自身の身に起きたことがぜんぶ、ジャレッドに愛されるための布石(ふせき)であったとしたなら・・・・・・、こんなに幸せなことはないだろう。  それなら自分は、十二歳の雪の日、平凡な日々から連れ出されたあの日を良い思い出に変えられる。  ギルはジャレッドをギュッと抱き締め返した。  禁術で縛られるのはこれからであるのに、心は心地よい解放感に包まれている。  剣の契りは、不自由に囚われていたギルに許された唯一で最上の愛の形だった。今ならたとえお役御免(やくごめん)とされても、望んで心臓を差し出したいと思える。 「義父さまの言っていたことがわかりました。不思議ですね、抱いているのは私の方なのに、私の中にジャレッド様の温かさを感じるのです。貴方に抱かれているのかとも思えて・・・・・・ん、ジャレッド様?」  ギルは反応のないジャレッドの腕を退け、上体を起こした。 「ふふ、気を失ってしまいましたか」  ジャレッドは疲れきった顔で目を閉じている。  ギルはジャレッドの手を取り、手の甲へ(うやうや)しく口づけを与えた。  騎士は自分の胸に手を当てて宣誓をする。それを真似て、ジャレッドの手をギルの胸に当てさせる。 「誓いますね、ジャレッド様。この心と、身体、そして、命を捧げます。今この時をもって、ギル・オウグスティンの全ては我が主人、———ジャレッド・ブルー・ヴィエボ———永遠に貴方のもの」

ともだちにシェアしよう!