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第38話青空と星【1】
———何だろう、毛布かな? 暖炉の前で暖まっている時みたいに全身がぬくぬくしててあったかい・・・・・・。
ジャレッドは薄く目を開けて、飛び上がった。
正確には、ギルに抱きしめられていて身動きが取れずに終わったのだが、鼻がくっつきそうなくらいギルが近くで寝ていたものだから、あやうく心臓が止まりそうになったのだ。
自分の心臓はもう、自分一人のものでないのに。うっかり止まってしまったらシャレにもならない。
そっと、大切に、ジャレッドはとくんとくんと音がする胸を撫でる。
契りは成った。
胸に手を当てると、ギルと繋がっているのがわかる。
耳を近づけなくてもギルの心臓の鼓動がわかる。
ギルとようやく通じ合えたことが嬉しい。
大股を開いてギルを受け入れたことは、ジャレッドに多少の恥ずかしさと大きな誇りをもたらした。重だるい腰も尻穴の痛みも違和感も、名誉の負傷だ。
ジャレッドはもぞもぞと首を動かして、窓の外を見やった。もう空が明るい。日差しが差し込んで、美しい耀きはギルの身体から漏れ出ていた。
太陽の位置はベッドになだれ込む前と同じ高さである。半日以上行為に没頭し、気を失い、そこから半日以上寝てしまったのだと想像できる。
てことは、丸一日以上ギルと二人きりで部屋にこもっていたことになる・・・・・・のか?
屋敷の使用人は大層不思議に思っているに違いない。
だが血や体液でどろどろだった身体は清められており、首に包帯が巻かれている。使用人らにはギルが上手いこと説明してくれているのだろう。
何故か服は着せてもらっていないけれど、ギルも着ていなくて、肌と肌が密着しあっていて、心地がよかったのはそのおかげ。
包帯の下は・・・・・・ものすごく痛い。ズキズキどころか、ザラザラしたもので擦られているみたいな激痛だ。
痕が残るとギルが気にしてしまいそうだから、綺麗に治ればいいなと思う、それとも傷痕に欲情するタチなんだろうか。行為中のギルはとても興奮していたようだったから・・・・・・。
それは、——どうして?
またひとつ、疑問が増えてしまった。
「でも、まっ、いっか・・・・・・」
気が向いたら聞いてあげれば、とジャレッドはぽつりと言う。
無知であることの嘆きを今はそれほど感じない。
ジャレッドの中には、昨日までは失くしかけていた信頼と愛が戻っていた。
クライノートと交わした会話が頭に浮かぶ。彼と話したのは、ジャレッドの中に渦巻いていた、様々な疑問が混ぜこぜになった「どうして」についてだった。
———家族はどうしていつまでも何も言ってくれなかったんだろうか。理由を説明してくれたら、むやみやたらに魔法を使おうなんて思わないのに。
と、そうぼやいたジャレッドに、クライノートは言った。
「使おうとしなければ、魔法は発動しない。自身がそうだと知らなければ、魔力を持たない人間として生きられる。お父上とお母上はそう思ったのです」
———そんなの、隠し通せるわけないのに。
ジャレッドの反論には、その通りですと否定しなかった。
非常に安易な考えですと、小さな綻 びから必ずいつかは辿り着いていたでしょうとも話してくれたが、それは納得できない答えだった。
ジャレッドがそのように伝えると、クラノートは背に挟んだクッションにもたれ、「振り回されるのは疲れますね。私は王子に会ってはいけないときつく言われておりましたのに」と微笑んだ。死ぬ前にジャレッドに会えて嬉しいと言っているような優しい笑みだ。
———でも、じゃあどうして?
「誰かが貴方の今後を案じてギルに命じたのでしょうね」
———誰が?
「貴方のおそばにいるお方の中で、思い当たる節がございませんか?」
そしてジャレッドは押し黙った。思い当たる人はいるけれど、不信感が口からこぼれ落ちそうだった。
昔、子どもの頃だ、イガがついたままの栗を丸ごと口に頬張ってしまったことがある。口中がちくちくして、頬にも指にも棘が刺さって大変だった。
そんな感じが胸いっぱいに広がっている。
クライノートはじっとジャレッドが口を開くのを待っていた。
しばらくやんわりと尻尾を揺らしてカーテンと戯 れ、おもむろにジャレッドの名前を呼んだ。
それから片目をつむり、眼差しを宙に向けた。
「ご覧ください」
視線が向けられた先で、チカチカと宝石の塵 が生まれる。ぶわっと広がった銀粉のもやが一箇所に集まって形を作り、ぱっ、ぱっ、と大小の花や草ツルが現れては消える。
光り輝いた塵は降り積もり、出来上がった山が草原に変わる。そこを一頭の獅子と一頭の雄鹿がじゃれあうように駆けていく。その後ろからは、ピンと姿勢の良い山羊が優然とした足取りで通り過ぎ、草原は散る。
分散した銀粉がふたたび形を変え、ジャレッドの髪の毛を掬い上げながら、一羽の白鳥が優雅に踊りながら飛びまわり、ベッドの上に降り立った。クライノートが白鳥を撫でた途端に、それは燕に姿を変えて軽やかに飛び立ち、最後に大きな大鷲が翼をはためかせて滑空してくるとクライノートの腕に止まり、煌めく霧 になって消えた。
「どうです? 今の私にはこんなお遊び程度の芸しか出来ませんが」
「綺麗だと思う、でも、儚 い、・・・・・・悲しい」
「そうですね・・・・・・、私の人生の中には、彼らしか居ませんでした。けれど王子、貴方にはもう少しだけ多く、想ってくれる人がいますよね? 貴方の周りにいる人それぞれが、各々のやり方で貴方を護ろうとしてくれているのです。それは王子の望んでいた形ではなかったかもしれない。ですが、忘れないで下さい。貴方は間違いなく愛されているんですよ」
ジャレッドは目を伏せる。
「当主、あんたは後悔してる?」
そう問いかけると、クライノートは何も言わなかった。
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