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第39話青空と星【2】

 生きている間はきっと答えは出せないのだろう。    しかしジャレッドが部屋を出る直前、そっと呼び止められ、欲しかった言葉を与えてくれた。 「私たちの感情は時に、自分自身を(いつわ)る。苦しいのに、笑って見せたり。苛立ちを隠したり。またその逆も(しか)り、嬉しいのに上手く表に出せない人もいる。けれどそういうのは大体、誰かのためを想ってのことであるものです。だから王子が一番にどうしてと思う疑問に関しても、きっとそう。アイツは肝心なところでは、ダメなやつなのです。どうか許してやってください」  はい、とジャレッドはクライノートに頷き返した。  そうして実際に彼を許したのだ。  ギルは涙化粧を施したピエロのようだ。ジャレッドのためにと振り翳していた大剣の陰で、護られていたのはジャレッドではなく彼自身の心だった。そんなことにも気が付かずに、立派に主を守護できていると思い込んでいたなんて。なんて愚かな騎士なんだろう。  けれど同時に愛すべき存在でもある。懸命にそうしてくれたのだと思うと愛おしいし、頼もしくて完璧だと思っていたギルが明かしてくれた弱い部分は、騎士になれないジャレッドへの神様からの贈り物だとも言えたのだ。  騎士はジャレッドの夢であり目標だった。あの状況では言えなかったけれど、その夢と目標が一挙に奪われ、内心はめちゃくちゃに打ちのめされていた。  それでもギルがジャレッドを騎士として認め、小さな己れの手でも護ってゆけるものが出来たのなら・・・・・・、どれだけの時間がかかっても、いつかは仕方がなかったと思える気がする。  ———その時ギルが寝返りをうち、不意に腕が緩んだ。  ジャレッドはギルの眠りを(さまた)げないように起き上がる。    幼かった頃は自分ばかりがグーグーと寝ていたから、ギルの寝顔を見たのはこれが初めてだった。  鮮やかなプラチナブロンドの髪が好きだ。かきあげて、指先でつんつんと毛先をいじる。髪色と揃いのまつ毛は案外長くて、大きな図体をしていなければ印象は真逆だったのだろうなと思う。  何度も口付けられた唇は、適度に厚みがあって気持ちいい。 「ふふ」  軽く押し当てるだけのキスをすると、息が耳元や首にかかったらしく、ギルはくすぐったそうに身をよじった。  ジャレッドは面白くなり、もっとしてやろうと耳朶(じだ)に息を吹きかける。繰り返すうちに、「うーん」と鼻を鳴らし、ギルがふらふらと腕をあげた。  やばいと思ったが、しかしギルの手はジャレッドの目と鼻の先で空をつかむように彷徨っている。 「・・・・・・ん、うーん、スティ? もうちょっとで起きるよ・・・・・・起きるから・・・・・・」  ギルの目は開いていない。むにゃむにゃとそれだけ言い、伸ばされた手がぱたんとシーツの上に落ちる。 「は? 俺は執事(スティ)じゃないぞ」  すかさずジャレッドが冷たく言い放つと、少しの間を置き、ギルは青ざめた顔で目を開ける。同時に矢のごとく飛び起きて、その場で土下座の姿勢をとった。 「申し訳ありません、寝ぼけておりました」  ジャレッドは眼下で頭を下げる男のつむじを一目し、ぽすんと彼の横に腰を下ろした。引っかかる部分のある寝言だが、普段は見られない寝ぼけた姿に(めん)じてやることにする。 「いいよ」  でも。 「・・・・・・今度また間違えたら、許さない」  そう甘えた声でギルの顔を上げさせ、ジャレッドは額にキスをした。  とたんに、かあっとギルの耳が赤くなり、思わずジャレッドはニヤニヤとする。正直者の耳を()み、悪戯心のままに「耳舐めの刑だ」とうそぶいた。  その一瞬、ギルが息を詰めたのがわかり、ジャレッドはほくそ笑んでいっそう胸を躍らせる。  ぺろりと耳朶を舐め、軽く噛んで引っ張る。しかし遊びのつもりで仕掛けたのに、ギルは反応せずに動かないでいる。首を傾けると、膝をつき首を垂れて三つ折りになった姿勢の奥地で、股間のものがむくむくと膨らんでいるのが見えた。 「お前、それ・・・・・・嘘だろ。あれだけヤったのに」  「すみません、けれどこれは無理です。ジャレッド様が可愛いことをするから」  待てなんかできませんと、ギルは鼻息荒く低い声で囁いた。  ジャレッドは調子のいいやつと言ってやるつもりで悲鳴を上げた。その前に押し倒され、ギルの唇が包帯の上をなぞったのだ。  羽根で撫でられたような触れ方でも、鋭い痛みを感じて身体が引き攣った。「ひうっ」と悲鳴が漏れ、生理的に涙が滲む。  幾度めかの悲鳴でぴたりと動きが止まり、ギルは泣きそうな顔で包帯の上に口付けた。 「愛しています・・・・・・」  それは懺悔(ざんげ)なのだろうか。ジャレッドの名前を呼び、「愛しています」と、ギルは何度も何度もそう言った。  頭を撫でてやると、ギルは安心したように愛撫を再開させた。優しく身体を弄られ、指先が窄まりに差し込まれる。たくさん交わったそこは柔らかく、簡単にギルの指を呑み込んだ。ぬぷぬぷと中を拡げられ、指が抜けると、大きなものがググッと押し入ってくる。  この時ばかりはまだ息苦しく、ジャレッドは苦悶の声を上げた。  ギルはジャレッドの乳首を摘み、額やこめかみにキスを落としながら、ゆっくりと自身を埋める。  奥深くまで埋まりきると、腹いっぱいにギルの脈動を感じ、ジャレッドは苦しさと嬉しさの間で涙をこぼした。  空気中には二人の荒い息づかいと、銀粉がきらきらと舞いちる。  ジャレッドはそっとギルの胸の中心を見上げ、(しるし)に触れた。 「・・・・・・は、あ、ギル、これ痛くないの?」  ギルの両胸の間には明かりが灯されたみたいにまぁるい光が淡く耀き、禍々(まがまが)しくも美しい鎖の印が刻まれている。 「ええ、痛みは感じませんよ」  よかったと返事をすると、あたたかい気持ちが土石流(どせきりゅう)のごとく溢れ出した。腹の奥で快感が弾け、汗が散り、眉根を寄せたギルから銀粉のもやが溢れ出る。  パンッパンッと腰を穿(うが)たれ、ぶわっぶわっと溢れ出る宝石の塵。どちらのものともつかぬそれが、窓ガラスを覆い、透けて見える青空の中に星空を創りだす。  手を伸ばして掴んでも、さらさらとこぼれ落ちていく光だ。  風に乗って何処かへ飛んでいってしまいそうな光を想った時、ジャレッドは気がつくとギルを抱き寄せていた。足は腰に、腕は首に、身体を絡ませて腰を寄せ、二つが一つになってしまうくらいに深く繋がる。 「・・・・・・んぐ、うう、う」 「ジャレッド様・・・・・・お辛いでしょう?」 「だめ、これでして」  ジャレッドは繋がりを解こうとするギルの腰を押さえつける。  やがて「わかりました」と溜息が落ちてきて、ジャレッドを気づかったような優しい律動が開始される。  穏やかな波の中で、ジャレッドは甘い声を上げた。  けれどその裏で、押し寄せてくる不安に怯えていた。  とにかく身体を離してしまうのが怖くて、ギルから与えられる体温と心地よさに、ぎゅううっと全身でしがみついていた。

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