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第47話国王からの打診【1】
ジャレッドがギルを連れて講堂を訪れた時には、見張りの近衛兵は何も言わずに中へ入れてくれた。アンデレは目を閉じて玉座に座り、眠っているのかと思うほど微動だにしない。
ジャレッドが出て行ったあとも待っていてくたのだろうか・・・・・・、どうなんだろう。
ギルとの会話で導き出した父の人柄ならば、そう判断できるが。
近衛兵の手により外から扉が閉められると、アンデレはゆっくりと目を開けた。
「なんだ。思っていたよりも、早かったな」
そう言いジャレッドを見やる目線に、温かみの類 いはない。
「私の前に来たということは、この先に話を進めてよいということだな?」
怯 みそうになり、ジャレッドはグッと息をつめる。
「・・・・・・はい」
「宜しい、では」
アンデレは固く怯えた息子の表情には目をくれず、話を始めた。
「ヨハネス王国には」
そしてそのタイミングで講堂の扉が開かれた。
「・・・・・・来たか」
とアンデレが呟いたのと同時に、ジャレッドは勢いよく振り返り、目を瞠る。
「クライノート!」
だけじゃない。オウグスティン家の執事の面々と、知らない顔の男女が数名。しかし一番後ろから千鳥脚でよろよろとアンデレの前に歩み出て、両膝をついた男はよく知った顔、イーノクの専属侍従であるフィンだった。
彼の髪や頬は煤 にまみれ、普段着用しているトラディショナルな燕尾服は長い尾が焼け焦げている。
「・・・・・・申し訳ありません国王陛下・・・・・・イーノク様を・・・・・・救えませんでした」
アンデレはフィンをじっと見下ろし、やがて静かに声をかけた。
「フィンよ、お前だけでもよく戻った。今は下がってよい、手当てがまだなら手当てをしてきなさい。あとでゆっくりあいつの最期の話を聞かせておくれ」
アンデレからの言葉を受け、頭を下げたフィンの顔の真下にぱたぱたと雫が落ちる音がする。
「・・・・・・はっ、かしこまりました」
フィンは肩を震わせながら立ち上がり講堂を出ていく。重苦しい空気をまとった背中を見届けたのち、「さて続きだ」とアンデレは皆の注目を戻した。
「皆、中に入れ。適当に腰掛けて聞いてくれ」
ぞろぞろと講堂内に入ってきた者たちを、ジャレッドは見回す。クライノートを先頭に、パトロ、オズニエル、スティーヴィーまでいる。顔見知りのオウグスティン家の人間はすれ違い様にギルと簡単な言葉を交わし、ジャレッドに会釈 をしてくれた。
するともう一人、涙ぼくろが特徴的な男がギルに「よお」と声をかけるのを聞いた。ジャレッドから見たらずっと歳上だが、ギルとは同年代に近い。ギルとは拳どうしを合わせ合い、昔から知ったような雰囲気だった。
思わず睨みつけてしまったせいか、視線に気づかれ、ばちんと目が合った。
「おっと、これは失礼。プリンスがお怒りだ」
男は大袈裟な仕草でギルから離れ、両腕を上げる。
「・・・・・・ふふ、君にとってはプリンセスかな? ギル卿?」
「おい、国王陛下の御前で冗談はよしてくれ。ユーリ」
ジャレッドは彼の名を聞いてハッとした。
「ユーリ?」
男は「おや?」と片眉を上げ、礼をする。
「俺のことをご存じなんですね。大変光栄です」
「知ってるもなにも、お前がなんでここにいる」
そこに立つ男はユーリ・エヴァンソン、当人だ。ジャレッドが生まれて間もなくの頃、恐れ知らずにも王都を攻撃し、壊滅寸前まで追い詰めた野党集団の一味。
クライノートの命が狙われ、前ブリュム公当主リヒトが死んだ原因ともなり、悲しい結末を迎えることとなった大事件である。
その犯人集団の中心人物がなぜここに?
「今はヴィエボ国王家の忠実な下僕になったのさ」
ユーリはひょいと肩をすくめ、「うーん」と顎に手をやる。
「いいや、違うな。忠実を誓ったのはリヒトって名前の人に対してだね。つまりはオウグスティン家だ」
「・・・・・・ほんとに寝返ったのか?」
「信用ならない? まあ、そうだよね。でもリヒトさんは家族全員の命の恩人だからさ。王子が信用しようがしまいが、俺は俺の信念に従って動くよ。よろしく」
あっけらかんとした態度で手を差し出される。
すっと目の前に差し出された手を、どうしようか迷っていると、ギルが「彼は大丈夫です」とジャレッドに耳打ちをした。
「イーノク様の訃報をいち早く知らせに走ってくれたのも彼です」
「・・・・・・この人が信頼のおける筋?」
父が言っていた情報筋とはユーリを指しているのだろうか。
ギルが頷いたのを見て、ジャレッドはおずおずとユーリの手を握る。
「ギルが言うなら信用する」
「へぇ? どーも」
ユーリがニヤニヤと笑ったところで、アンデレが「そこまでだ」と手を叩いた。
「各々の紹介はその時になったら順番にしてやる、そろそろ本題を話したい」
皆の注目が玉座に座るアンデレに向く。
「イーノクが殺され、ヴィエボ国はヨハネス王国との繋がりを失う結果となってしまった。だが聞くがいい! 我が息子は我々王家に置き土産を残してくれていたのだ。力はすでにヴィエボ国王家のもとにあると思え」
———『力』? ちからってなんだ?
ジャレッドが目を瞬いているうちに話は進む。
「よって、当初の計画は取りやめ」
そこまで言うとアンデレが急に立ち上がり、玉座のある壇上から降りた。ジャレッドの立った位置の後ろまで足を止めずに歩き、まさかと思った瞬間に敬意を示す姿勢をとった。
「・・・・・・えっ! 父上?!」
「ヴィエボ国は魔法大国として復活し、その暁 にはジャレッドを王として認める」
は? 気づけばジャレッドは「意味がわかりません」とこぼしていた。
それは正しい反応であろう。王太子を通り越して、国王様になれと言われたのだ。
「そんな姿勢はやめてください父上ッ、この国で一番偉いのは父上でしょう? おかしいですよ!」
「いいや、おかしくはないのだジャレッドよ。この国で玉座に座るべきは、いや、どの国であっても、王家の血を正当に継ぐ者でなくてはならない」
「正当に・・・・・・?」
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