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第48話国王からの打診【2】

 ジャレッドは首を捻る。 「我々王家が一度入れ替えられていることは知っているな? およそ二百年前、悪しき貴族らどもに入れ替えられたのは、当時即位していた国王と、国王の(おい)にあたる子ども。甥とはいえ、一応、という関係。その子は王位継承権から外されていた。新しく国王として(まつ)られたその子は、現王家の先祖となる」  その子は王宮の使用人が生んだ子どもだった。母親は王弟の一人のお手つきで、王弟自身も公言していた事実だった。  だが見合わない身分であったために、生まれた子どもが本当に王族の血を引いているのかと後ろ指を差され、母子は酷い(いじ)めに耐えながら王宮生活を送っていたそうだ。  その子が反王家を唱える貴族らから目をつけられた理由は、そんな過酷な境遇を逆手に取り易かったことと、『外見』が関係している。  過激派の貴族らの本意としては王家の人間など一人残らず根絶させたかった。しかし厄介なことに国民の頭には『黒髪ラーナ』信仰がある。国民が王を王として認めるには、『黒髪、碧眼』の特徴は絶対。だがこの特徴を揃えた者は国の中に居なかった。そこで地位など無いに等しく後ろ盾もない、ゆくゆくは容易く傀儡(かいらい)と出来そうなその子が選ばれた。  母親は金と命の保障を引き換えにしてあっさりと計画に乗り、息子を売った・・・・・・。 「クライノートは国王が入れ替えられる前に他所で作った子ども。本来であれば王族本家にあたっていたはずの出自だ。実はその当時、他にもクライノート同様に生き残っていた子どもがいた。オウグスティン家の手引きにより、名前を変えてひっそりと生き延び、その子孫がふたたび王家に迎えられた。お前の母、マルティーナだ」  ジャレッドは大きく目を見開いて父を見つめる。 「母上? じゃあ、イーノク兄さんも・・・・・・」  ここで初めて悔しそうに、アンデレが顔を歪めた。 「そうだ、イーノクも正当な王位継承者にあたる。私とマルティーナの出逢いは偶然の産物だった。しかしだからこそ、神の思し召しだと思ったね。マルティーナの先祖については貴族らの知るところではない。二人だけの秘密にしたまま、王家をこっそりとかつての道すじへ戻してやろうと、最初はそんな可愛らしいお話だったのだ」  けれど想定していなかったことが多く起こった。  規格外の魔力を有してジャレッドが生まれてしまった・・・・・・。違法なエルフの魔道具によって王都が襲われてしまった・・・・・・。  極め付けは、レヴェネザ王国の内紛争。  レヴェネザ王国内では人間勢が勝利し、飛び火した火の粉はじわじわと大陸全土を分断していった。我が王家も人間国側に着くか、非人間国側に着くか選択を迫られた。人間国と名を通していることを鑑みれば、そちらに着くのが正当であるが、人間国側の小国は漏れなくレヴェネザ王国の傘下に入る流れとなっている。  いわば従属国として扱われ、レヴェネザ王国の言いなりに成り下がるのは屈辱であった。まして他国が介入してくるようになれば、たびたび生まれてしまう魔力持ちの今後が危うくなる。  であればと、一国でも闘える力を欲した。ヨハネス王国にある兆しを感じたのは、その矢先のこと。 「ヨハネス王国はとんでもなく大きな魔力の塊を保有している、だが近年はその力を制御できずに持て余すようになっていた。しかしこれはヴィエボ国にとって好機だった。使いこなせれば、数万の軍隊にも劣らぬ力を手にできる。イーノクと私は力を貰ってやる交換条件として、ヴィエボ国を護るよう交渉した。イーノクに惚れているジネウラ姫は良い働きをしてくれたよ。けれど友好国であり続けるためにある程度の軍事協力は避けられなかった・・・・・・」  そしてヴィエボ国はジネウラごと力を貰い受け、『妖精国』として新たに生まれ変わり、莫大な魔法の力で国を護る算段を立てた。  暴力的な魔法をもたらす魔力は受け入れられなくても、美しく描かれた妖精の力は国民に受け入れられている。イーノクはジネウラとの間に子どもをつくり、色濃く使い魔の血を引き継ぐであろうその子に力と国を託せばよいと考えた。加えて魔法の力が現れ出ればさらに御の字———。 「・・・・・・あれ、待ってよ、そうなったら俺は?」  ジャレッドが問いかけると、アンデレは言いにくそうに声を落とした。   「ジャレッド、お前は本格的に戦が始まる前に遠くの国へ婿にやり、二度とヴィエボ国の地を踏ませぬつもりだった。それがお前にとって一番安全な道だと思ったのだ。すまぬ」  ジャレッドは俯いた。  父や母がジャレッドの身を案じて決めたことでも・・・・・・、それは今後どんな国に変わろうとも、この国にジャレッドの居場所は永遠に作られないという意味にとれてしまう。 「・・・・・・うん、いい、仕方がないことだから」  自分で言いながら悲しくなる。 「でも、そしたらどうするの? 俺なんか矢面に立たせたら大暴動が起きるよ。それとも俺とジネウラ姫を結婚させる?」  ジャレッドは半端ヤケクソ気味になって呟いた。 「その必要はない。ヨハネス王国は力の管理によほど困窮していたようだ。だがね魔力と呼ばれる力の使いどころにヴィエボ国ほど長けている国はないんだよ」 「・・・・・・?」 「そのために同胞たちを呼んだ」  呼ばなくても来ただろうが、とアンデレは集まった者たちを見る。  ユーリとオウグスティン家の人間を外せば、講堂内には静かに腰掛けている二人の女性と、三人の男性がいる。皆が薄らと王家の匂いを感じさせる外見をしていた。 「この者たちはユーリ・エヴァンソンに探させた、かつての王族の末裔。けれど祭り上げられた偽りの国王以外はその家族もろとも殺されたか国を追われ、見つけられたのはほんの数人だった。あとは私の弟だ、普段は私の参謀(さんぼう)を務めさせている」  弟と紹介された男を見て、ジャレッドは「あ!」と声を出した。  参謀役は目にしたことがあったが、改めて見ると顔がフィンにそっくりだ。 「言葉を交わすのは初めてですね、ジャレッド様。私はルーベンと申します。以後お見知り置きを。フィンは私の息子でございます」  ジャレッドの驚いた顔を見て、ルーベンは品良く微笑む。柔らかい物腰から育ちの良さがうかがえる。  顔の作りはそっくりだが、ルーベンは黒髪碧眼で見ればすぐわかる容姿をしており、フィンは髪も目もどちらでもない。清廉(せいれん)な佇まいから高貴な生まれであるとは思っていたけれど、まさか! フィンの髪色は漆黒に赤みを足した栗色、瞳はグレーよりなのだ。 「息子は母親似でしてね。全ての王族の人間が特徴を濃く受け継ぐものではないのです。しかしイーノク様がそうであったように、我々王族間の結束力は強い。体面上に現れ出ないだけで血の力は生きている。低脳な貴族どもはそれを知らず、適当に入れ替えれば面倒が片づくなどと思われるとは、腹立たしい」  ルーベンは穏やかに微笑んだが、瞳にはたしかに闘志が燃えていた。

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