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第49話国王からの打診【3】

 ジャレッドは講堂内にいる集まりを今一度見回した。  ギル、アンデレ、ユーリ、クライノート、パトロ、オズニエル、スティーヴィー、ルーベン、・・・・・・それから。 「私はハニー、この子はブレンダよ、よろしく」  女性二人は、何故か一人が二人分の自己紹介をしてしまった。  何も喋らないブレンダと呼ばれた三つ編みの少女は黒いフードを被り、口元を黒いマスクで覆っている。髪も黒いのでぱっと見はまるで影のようだ。透けてしまいそうな乳白色の肌に、碧眼は曇がかかっているみたいにところどころで青と翠の濃淡がある、見たことのない不思議な瞳をしていた。  一方ハニーは「染めている」らしい蜂蜜色の長いウェーブヘアと、打ち寄せる波を(すく)ったような白っぽくまろみを帯びたエメラルドの瞳をもつ。露出度の高い肌は褐色で唇はやたらと紅く、長い丈のドレスやワンピースを着ることの多いヴィエボ国内の女性にはあまり見かけない、異性の目を惹く妖しい華やかさがあった。 「次は僕かな? 僕はメーリン」  手を挙げて名を告げたのは、小柄で繊細な顔立ちをした中世的な雰囲気の青年。黒髪碧眼はヴィエボ王家の特徴そのものだが、よく見ると、耳が尖った形をしている。 「・・・・・・見たとおり僕にはエルフの血が混じってる。あの事件があったからエルフって聞くと偏見を持つかもしれないけれど」  そう言い、さりげなくクライノートの方へ視線をやった。  壁にもたれかかり、じっと聴き耳を立てているクライノートは、視線を感じても三角の獣耳以外は動かさず小さな声で答える。 「私は君以外のエルフとも交流がある、エルフだからといって気にしない」  クライノートの返答に、メーリンは「そう」と口調を軽くした。 「なら良かった」  それだけ返事をすると彼は満足したように口を閉じ、「お次どうぞ」と隣を手のひらで示した。幼げな声と見た目に反し、案外さっぱりとクールな性格なのだろうと伝わる。 「ティムソン・・・・・・、好きに呼べ」 「俺はレックスだ、よろしくな」  最後に名前を言ったこの二人は親子のようだ。  父親のティムソンはブレンダに負けず劣らず寡黙(かもく)そうな印象である。そしてフィンと同じく王家の特徴が薄かった。しかしフィンとは違い、それはスキンヘッドが目立つせいで、瞳は濃いめの碧眼だ。頭には読めない文字と模様でタトゥが彫り込まれており、背が高く、筋肉質な男らしい体つきからも危険な香りが漂ってきそうに思える。  息子のレックスは父と比べ、表情が豊かであるために柔らかい雰囲気に見えた。  歳はイーノクと同世代くらいだろうか。笑うたびにえくぼができ、気取らない性格の良さが顔から滲み出ている。身体つきはがっしりと逞しく、碧眼も父譲りで濃紺に近い。髪色はやはり漆黒で、長髪を一つに結い、クルンとラフにまとめたヘアスタイルをしている。刈り上げられた襟足付近には父親と同じタトゥがあった。 「ふむ、そしてここにはいないがマルティーナと、フィンを含めて全員だな」  アンデレが口を開く。 「何度も口にしているが、ヨハネス王国から譲り受けようとする力の正体は強大な魔力の塊である。これがこちらに渡ってしまう以上、国民がどんなに騒ごうが人間国に擬態(ぎたい)し続けることは難しく、少々強引な方法を取らざるを得ないだろう。私は国民の賛同を得るために魔法族の圧倒的な力を見せつけ、ジャレッドの存在を王として認めさせたいと考える」  ジャレッドはごくりと唾を飲みこんだ。 「・・・・・・無理やりに力で押さえつけるってこと?」 「そうではないが、やり方次第では遠からず・・・・・・と言ったところだ。ヴィエボ国の今後はお前の手腕にかかっているのだからな。だが大丈夫だ、ここにいる者たちがお前の手足となって働いてくれる」  アンデレの声はこれまでかけてもらったことが無いくらいに優しい。 「・・・・・・そう、うん、それでその強大な魔力とやらは何処に?」  ジャレッドは問いかけながら、無意識に剣を握る。   「力は彷徨(さまよ)っているそうだ」 「さまよってる・・・・・・」  ———ああ、なんだ・・・・・・これではない。  ジャレッドは胸を撫で下ろし、剣からパッと手を離す。  しかし父の返答に疑問がわいてきた。そんなジャレッドの目の前で、父はギルに問いかけた。 「ギルよ」 「はっ」 「契りを交わしたと言っていたな? ジャレッドのために全てを捧げる意志があると解釈して問題ないな?」 「はっ」  ギルの態度にはまったくの迷いがなかった。  嬉しい。  けれど、嬉しいと思ってよいのか?  胸にぼやんとした憂いがよぎる。ジャレッドにはこの先の話が見えなくて、この会話の真意がわからない。  ギルへの確認が済んだのち、アンデレはジャレッドに向き直った。 「彷徨っている魔力は使い魔によって強められた力であり、数百年間は抑えられていたそうだ」  これは街でギルから教わった話の中にあった。  使い魔はエルフと並ぶ妖精の一種。使い魔自身は魔力を保持せず、誰かもしくは何かと契約を交わし、主人となったものの魔力を数倍に強める力を持っている。  引き換えに契約主から代償を貰い、何を代償にするのかは主人と使い魔の間で自由に決められる。 「それが現在は魔力の塊をコントロールできておらず、力はいつ暴発するかわからない状態。ヨハネス王国は自国に爆弾を抱えたまま戦争を始めるのはリスキーであると危機感を(つの)らせた」  ここでゆっくりと息を吸い、アンデレの視線がジャレッドとギル双方の剣を捉えた。 「聞いたところによると彷徨っている魔力の塊に『箱』を与えれば、力は安定し暴れ回る危険性がなくなるという。イーノクは私の意向に歯向かってまで二振りの剣を作らせていた。何も伝えぬままあの世へ逝ってしまうとは惜しいが、力を使役するために、この剣はなんらかの働きを持つに違いない。細糸を辿るようなものだが、これはあやふやな予測ではなく確信である。何故なら、イーノクは最も大切な『箱』を残して逝ってくれたのだ」  ジャレッドの心臓がふたたび不穏な音を立て始めた。———・・・・・・待って、箱って何を? そう問いかけたいのに、バクバクと張り裂けそうな鼓動の音にジャレッドの声は何度もかき消された。 「・・・・・・魔力の魂はもとは誰かの力だった。魔力の塊が彷徨い続けているのは、戻るべき身体を探しているからだと伝えられている。ヨハネス王国側もいろいろ試したらしいが、箱として有効だったのはやはり人間の身体だけだったようだ」  ジャレッドの口から「ひっ」と引き攣った悲鳴が漏れる。ようやく空気が通った喉頭から「そうなったら」と絞るように声を出す。 「そうなったら、その人はどうなる?」 「死にはしない」  父の言い方は曖昧(あいまい)だった。 「・・・・・・ちゃんと・・・・・・教えて」  本当は耳を塞いでしまいたかったけれど、聞かなくてはいけないことだ。 「うむ・・・・・・魂は死なないが、差し出した身体はその人間のものではなくなり、その者は身体の内で永遠に眠り続けることとなるだろう」  アンデレは迷った様子をみせた末に静かに告げ、ジャレッドの肩に手を置いた。 「別れの時間は用意する。ただし時期は伸ばしてもあまり長くは待てん。春が訪れるまでには心を決めてくれ」  父の手の感触を最後に、その後の話は頭に入らなかった。  だからギルはここへ戻る前に、あんな話を?  ぼやけた世界でキーンと耳鳴りが鳴る。人影がうごめき、講堂から人が出て行く気配がした。父は皆を見送った後に講堂を去り、二度と玉座に腰掛けることはなかった。  空っぽの玉座と、空っぽの心。  誰もいなくなったと思ったその時、胸にそっと手が当てられた。後ろから抱き締められ、ギルの匂いで胸がいっぱいになる。  ———誰かが戻ってくるかもしれない。  そう言いかけて、ジャレッドは口を閉じた。  誰に見られても、一秒だって離れていたくないと思ったのだ。  二人に残された時間は今以上に長いときはないのだから。

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