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第13話

 ホテルのバンケットルームに到着すると、すでに会場の受付は始まっていた。その少し手前で、包文維(ほう・ぶんい)はエルメスのジャケットの内ポケットに入れていた招待状を取り出そうとした。  受付を済ませ、パーティー会場に入ると、文維は悠然と周囲を見回した。見覚えのある顔が幾つも見える。  周囲もまた、文維を見ている。人気のカウンセラーとして成功した者への賞賛や羨望。男女問わずに誘惑するフェロモンを持つセクシーな男への性的な好奇心。  そんな視線を送られることに慣れている包文維は、泰然として会場の隅に目立たぬように陣取って、通りすがりのボーイからシャンパンを受け取った。 「ウィニー、お会いできて嬉しいわ」「お噂はかねがね…」「私を覚えている、ウィニー?」  シャンパンを一口飲む間に、文維は年齢層も様々な女性たちに囲まれてしまった。 「ご結婚はまだ?」「今日はお一人?」「恋人はいらっしゃる?」「娘のことはご存知?」  熱のこもった彼女たちの質問攻勢に、文維は穏やかで紳士的な笑みを浮かべるだけで、曖昧な態度で答える様子が無い。 「私、近頃気分が晴れなくて…。鬱病かしら。優秀なカウンセラーが必要よね?」 「ねえ、ウィニー、今度、あなたのクリニックに予約を取りたいの」 「私の従姉があなたのクリニックの患者なの。私も予約が取れるかしら」  文維がプライベートを語ろうとしないと悟ると、彼女たちは競うように文維のクリニックの患者になりたがった。  そんな風に多くの女性に囲まれた文維を救い出そうと声を掛けたのは、このパーティーの主役だった。 「包文維。今日はよく来てくれたね」  楚雷蒙(そ・らいもう)(レイモンド・チュー)は、文維の大学の先輩でもあり、留学先も同じ先輩だった。アメリカの医学部を卒業し、優秀な脳外科医として注目されていたのだが、急に薬品メーカーの研究所に移り、若年性認知症などの治療薬の開発に従事することになった。そして有効な新薬で特許を取ると、今度は中国に戻り、自分で起業したのだ。  治療と介護を目的とする施設や、新薬開発の研究所、治験を含む診断を行う病院など、もちろん、大企業や政府のバックアップもあるものの、「レイモンド医療グループ」は今、一番注目の新興企業だった。 「レイモンド先輩。中国国内での開業、おめでとうございます」 「ああ。ありがとう。君のような優秀な精神科医も、うちで引き抜きたいがね」  あながち冗談とも思えないセリフで、楚雷蒙は文維を女性陣から引き離し、同窓のメンバーの輪へと誘導した。 「おお!ウィニー、元気そうだね」 「今、上海で一番予約が取れないカウンセラーだそうじゃないか」 「相変わらずイケメンだな、おい」  懐かしい面々に、文維の顔も思わず緩んだ。 「ホント、悔しくなるほどイケメンだよね」  遅れてきたらしい男の声に、文維はスッと表情を硬くした。

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