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第18話

 (とう)家のお抱え運転手である(おう)さんの運転するロールスロイスで、煜瑾(いくきん)(きた)外灘(ワイタン)文維(ぶんい)のアパートを目指した。  煜瑾は、じっと不安そうに窓の外を見ているが、どこかしっとりとした艶めかしさが身に付き、大人っぽく見える。  小・中と学校への送迎を担当した王さんにしてみれば、本当に美しく、賢く、幸せそうに成長した「唐家の王子」が嬉しい。  間もなく文維のアパートが見えてくる、という所で、王さんが煜瑾に声を掛けた。 「煜瑾さま、私はしばらくアパートの前でお待ちいたします」 「え?」  文維の事ばかり考えていた煜瑾は、王運転手の言葉にハッとして我に返った。 「万が一、(ほう)先生のお具合がよろしくなく、病院へ行かねばならないことになってはいけませんから」  ベテランの王運転手の配慮に、煜瑾は頬を緩める。王運転手だけではない、唐家の誰もが心酔する美しく、穢れの無い、天使の笑顔だ。 「ありがとう。文維の様子を見たら、すぐに電話をするから、なんでも無かったらすぐに帰って下さいね」 「はい。私のご心配は無用ですよ、煜瑾さま」  煜瑾がホッとしたと同時に、車は文維のアパートの前に停まった。珍しい高級車に通りがかりの人々が振り返る。 「では、少しだけ、待っていてね」  煜瑾はそう言って、アパートへと駆け込んだ。  慣れた様子でエレベータに乗り、廊下を進み、ドアの前で文維から貰った合鍵を使う。 「文維?」  玄関でソッと声を掛けるが、返事は無かった。  本当に耐えられないほど気分が悪く、リビングのソファではなく、寝室で休んでいるのかもしれないと気付き、煜瑾は何の気構えもなく、いつも2人で過ごす寝室のドアを開けた。 「!」  目の前の光景に、煜瑾は言葉を失った。あまりの衝撃に動くことも出来ない。 「あ…あん…ウィニー…、イイよ…、すごくイイ…」  文維と煜瑾のためのはずのベッドで、文維は枕を背に、仰向けで横たわっている。その上に馬乗りになり、陶然と腰を揺すり、淫らな嬌声を上げていたのは、世界的なトップモデルであり、文維の過去の恋人だった宋暁(そう・しょう)だった。 「もっとぉ…、ウィニー、僕のウィニー!」  煜瑾は目を見開いたまま、微動だにせず文維と宋暁の乱交を見詰めていた。 「…ん…、い…く…瑾…」  その時、朦朧とした様子の文維が漏らした名に、煜瑾と宋暁は、ほとんど同時に息を呑んだ。 「!」  次の瞬間、煜瑾は身を翻して、文維の部屋を飛び出し、王運転手の待つ車へと向かって駆けて行った。 「ふふふ…ふふ…は…あはは!」  カクテルに混ぜたクスリのせいで、意識がハッキリとしない文維の上で、宋暁は勝ち誇ったように高笑いをし、賞品を受け取るように厳かに体を倒して文維に口付けた。

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