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第21話
来週はいよいよ小敏 の誕生日と迫った週末。日本人サラリーマンの優木 は、嬉々として半同棲中の恋人の高級アパートに帰ってきた。
「ただいま~!シャオミン、休み、取れたぞ!」
玄関からリビングに続く廊下を駆け抜けて、中国らしい大きなソファセットが並ぶリビングに飛び込んで、優木は驚いた。
〈ども…こんばんは…〉
気まずそうに、チョンと座っているのは、がっちりしたアスリート体型に、ちょっとあどけなさと、寂し気な表情が似合う、どこかで見たイケメンだった。
「あ!…サッカーの…」
それは、以前からテレビでよく見る、タレント並みに人気のサッカー選手で、小敏によると高校時代の後輩で、仲の良い友達だという申玄紀 だった。
「うわ~、本物だ~。やっぱりイケメンだ~」
これが優木のクセなのか、日本語が分からない相手を前にして、心の中の言葉をすぐに口に出してしまうらしい。
「優木さん、お帰り。友達が遊びに来たんだ。一緒に晩御飯食べてもいいでしょ?」
「も、もちろん!テレビのCMとかでよく見る人が、目の前にいるなんて信じられないよ」
興奮気味の優木に、小敏はちょっとムッとする。
「玄紀をそんな風に見ないでよ!」
「そんな風にって…。だって、テレビの中の人が目の前にいるんだぞ。なんか、ワクワクするじゃないか」
嬉しそうに言う優木に、不満そうに小敏は唇を尖らせる。
〈何?どうかした?〉
日本語が分からない玄紀が、2人の様子に不安になって小敏に問いかけた。
〈…優木さん、玄紀のファンみたいだよ〉
小敏は皮肉たっぷりに言って、玄紀が両手いっぱいに抱えて来てくれた、3人分の夕食を配膳するためにキッチンへと戻った。
〈は、初めまして。あなたのことは、よくテレビで見ています〉
あまり上手とは言えない中国語で、優木はニコニコしながら声を掛け、親し気に握手を求めた。
〈ありがとう…〉
生れて初めて、羽小敏 の恋人と握手をすることになった玄紀は、複雑な気持ちだった。
高校時代から、申玄紀は羽小敏が好きだ。
それは深い友情で、兄のように慕わしい存在なのだと思っていた。だが、ある時から、この気持ちが友情以上の特別な物だと気付いたのだが、その時にはすでに遅く、小敏は先輩の包文維 と付き合っていると公言したのだ。
小敏が文維と別れ、いつしか誰とでも寝るようないかがわしい付き合いしかしなくなった時、玄紀は何度も自分1人に決めて欲しいと思ってきた。
自分なら、小敏を独りぼっちにしたりしない。寂しくて誰とでも寝るようなことはさせない。
そう思って傍に居たのに、そんな玄紀の気持ちを小敏もなんとなく察しているようなのに、結局、羽小敏が落ち着いたのは、今、目の前にいる、冴えない中年の日本人らしい。
(なんで、こんな…)
これまで、小敏の選択を面と向かって否定したことがない玄紀だが、今回のこの選択に限っては黙っていても、本音が表情に出てしまう。
「……」
不愉快そうな玄紀に、人の良い優木は、有名人だからってプライベートで騒がれるのは嫌なんだろうな、などと考え、それ以上何も言えずに黙り込んでしまった。
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