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第23話
ゆっくりと、ベッキオ師は煜瑾 の描いた肖像画に近付いた。
その絵を見つめるベッキオ師の視線は、今や温厚な指導者のそれではなく、芸術を神聖に重んじる純粋な信奉者のものとなった。
「この絵は、愛に満ちている。グロテスクな性愛ではなく、もっと高尚な穢れの無い愛だ。煜瑾を愛し、大切に想っている彼の愛が、見ている者にまで伝わるようで、とても幸せな気持ちになる」
感激する恩師に、煜瑾は少し恥ずかしそうに口を開いた。
「文維 が…、他の人とベッドに居たのです」
サラリと言った煜瑾に、ベッキオ師は驚いて振り返った。
「!」
「で、でも!文維は私を裏切ったりしません!」
恩師の表情に、煜瑾は慌てて愛する人を庇うように言い訳をした。
「…その人と一緒にベッドの中にいても…、私には、文維が幸せそうには見えなかったのです。その時に気付きました」
煜瑾は頬を染め、目を潤ませ、この上なく高雅で艶麗で美しかった。
「この絵に足りないもの…」
煜瑾は、いつも自分を見つめていてくれる、温かく、優しく、甘い文維の深い愛情無くして、「包文維」を表現しきれないことに気付いたのだ。
「私は、本物の文維を描きたいのです。…私の『包文維』を…」
煜瑾の麗しい黒瞳は輝き、そのあまりの美しさに、ベッキオ師は今すぐにでも絵筆を取りたい気持ちになった。
「煜瑾…、この絵は傑作だ」
陶然としていたベッキオ師は、急に興奮して声を上げた。
「…ぜひ、コンクールに出すべきです!」
少年のように頬を染め、目を輝かせた大好きな恩師に、煜瑾は優雅な笑みで答えた。
「有り得ません。私の『文維』を人目に曝すだなんて」
そう言って、煜瑾は可憐にクスクスと笑った。
「煜瑾…」
その崇高な美しさに、ベッキオ師は言葉を失い、感動していた。これこそが、人の心を揺さぶる真の芸術なのだと思った。
ただ、一途に人が人を想う心…。それこそが、この世で最も美しいものだと、ベッキオ師はこの歳になって改めて痛感した。
「ベッキオ先生。絵はまだ仕上がっていません。ぜひ最後までご指導ください」
少しはにかみながら懇願する煜瑾に、ベッキオ師は一瞬当惑したが、すぐに柔らかな表情になって頷いた。
「どれほど時間がかかろうと、必ずこの絵を完成させましょう」
ベッキオ師と煜瑾は笑顔を交わし、満ち足りた様子で未完成の肖像画を見詰めた。
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