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第32話

 傷付いたはずの煜瑾(いくきん)と連絡が取れないことを心配した文維(ぶんい)は、思い余って従弟(いとこ)であり、煜瑾の親友でもある羽小敏(う・しょうびん)に電話することにした。 「なんだよ~。今、ボク忙しいんだよ!明日から優木(ゆうき)さんと海南(ハイナン)島に行くんだから~」  自分の事に夢中な小敏は、従兄(いとこ)に邪魔されたことで、少し苛立っていた。そのせいか、小敏は文維に対して、ちょっと意地悪な気持ちになっていた。 「煜瑾と連絡が取れないんだ。どこにいるか、知らないか?」  途方に暮れているのか、聞いたことも無いような心細い声を出す文維に、いつもの小敏なら優しく慰め、熱心に応援するはずだった。  しかし、今日の小敏には毒があった。 「知らないよ。別にどこに行ってもいいじゃん。たまには煜瑾だって、友達と気晴らししたって、文維の許可なんかいらないだろ」 「どういう意味だ」  あからさまに、文維の声が不機嫌になる。不機嫌なのはこっちだよ、と小敏は内心思いつつ、計算づくの捨て台詞を吐いた。 「たまには煜瑾だって、他の人とデートしたいかもよ」  それだけを言うと、小敏はさっさと電話を切ってしまった。  置き去りにされた文維は、胸に落された小さな疑念の種に悩まされることになる。 (もし…煜瑾が、私と宋暁(そう・しょう)のことを誤解して、私を見限って他の誰かを選ぶことにしたら…?)  そんなことは有り得ないと思っている文維だが、今は不安が大きすぎて何も信じられなくなっていた。 (煜瑾が、私ではなく、他の誰かとのほうが幸せになれると思ってしまったら…?)  もはや、あの純真な天使のような煜瑾無しに、この先の人生を考えられない文維は動揺する。 (今、煜瑾を失ってしまったら…?)  床に座り込んだまま、文維は胸を押さえた。心臓が実際に痛みを感じていた。ストレスによるただの自律神経の異常だとは分かってはいるが、それを今はどうすることもできない。 (落ち着け、包文維。それでも医師か)  自分で自分を叱咤するが、それ以上に煜瑾のことが気になって、あのクールな文維が自己コントロールを見失っていた。 「煜瑾…私を見捨てないでくれ…」  とても文維らしくない弱々しい声で呟くと、そのまま心臓の痛みと、呼吸の乱れに、文維は床の上で失神してしまったのだった。

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