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第45話
(ヤバい、見つかるところだった…)
小敏 は、急いでリビングに置いたままの自分のスーツケースを抱えるようにして、ウォークインクローゼットに駆け込んだ。
そして、慎重にスーツケースを開くと、秘密の小さな紅 い小箱を取り出した。
(大好き…、優木 さん。大好きだからね)
小箱をしっかりと胸に抱き、祈るように小敏はギュッと目を閉じた。
その時だった、ヴィラの玄関チャイムが鳴った。
「誰か来たぞ~?」
寝室の方から優木の声が聞こえ、小敏はウォークインクローゼットが抜け出した。
「ボクが出るよ」
そう言って、ホテルのバスローブ一枚の姿で、何のためらいも無く小敏は玄関を開けた。
「ん?」
そこにいたのは、先ほどのコンシェルジュとはまた違った制服を着たホテルマンだった。
〈ごきげんいかがですか、羽小敏 さま、優木真名夫 さま。ようこそ当ホテルにお越し下さいました。私はこちらのヴィラスイートを担当させていただくバトラーのレオン・チャンと申します。レオンとお呼びください〉
これがまた、長身で軍人並みに姿勢が良く、キリリとした40代のイケオジで、チョイ悪っぽい口髭もセクシーな、完全に羽小敏好みの紳士だった。見ようによっては、小敏の父に似ていなくもない。
この5つ星ホテルのヴィラスイートには各部屋専属のバトラーが付いており、ゲストはいちいちフロントに申し出る必要が無く、このバトラーに言えばなんでも整えてくれるのだ。
〈お取込み中のようでしたので、ご遠慮しておりましたが、お荷物の荷解きと、お夕食までの軽食のご用意に参りました〉
玄関で聞こえるレオンの言葉に、寝室の優木がベッドの中から時計を見ると、間もなく4時になるところだ。機内食の質素な昼食だけで、よく小敏がこの時間まで持ちこたえと優木は苦笑する。
〈荷物はいいよ。帰る時に荷造りする時に手伝ってくれたら。で、軽食ってナニ?〉
食欲魔人の小敏は、さっそくレオンが若いボーイに運ばせてきた軽食が載っているらしいワゴンに注目した。
ワゴンがヴィラのダイニングルームに運ばれ、スモークサーモンのサンドイッチに、フルーツカクテル、新鮮な白身魚を使ったフィッシュ&チップス、それとジューシーなハンバーガーが並べられると、小敏の眼が輝いた。
〈まだ、アイスクリームもございます〉
小敏は、ホクホクとした表情で、ダイニングテーブルに着き、さっそくサンドイッチに手を出そうとして、ハタと思い出した。
「優木さん、忘れてた!」
小敏は、慌てて寝室に優木を呼びに行った。
「ゴメンね、優木さん!…って、あれ?」
見ると、優木はキングサイズの大きなベッドの片隅で、ちんまりと丸まるようにして眠っていた。
「疲れてるのかなあ」
優木の疲労に、身に覚えのある小敏はクスリと笑って、優木にそっと薄い羽根布団を掛けた。
ふと小敏が覗き込んだ優木の顔は、よほど疲れ切っているのか、眉間に皺をよせ、少し苦しそうに見えた。
(無理させてるのかなあ、ボク…)
小敏は、ソッとキレイな指を伸ばし、優しく眉間の皺を伸ばすように触れた。
「愛してるんだから、ね」
そう呟いて、小敏は優木の額に軽く触れるキスをして、静かに寝台を離れた。
ダイニングに戻った小敏は、待たせていたレオンに満面の笑みを浮かべ、媚びるように言った。
「ねえ、アイスクリームには何があるの?」
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