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第48話【R18】

 潤んだ瞳で、心細げな天使が小さな声で、それでもハッキリと言った。 「『あの人』とは、決して2人では会わないで欲しいです…」 「約束します」  心の広い恋人に感激して、文維(ぶんい)は愛しい煜瑾(いくきん)を抱き寄せた。煜瑾も素直に胸に抱かれる。 「煜瑾だけしか、愛せない…」  そう言った文維が煜瑾の唇に触れる頃には、煜瑾もうっとりとして目を閉じていた。白い頬に黒く長い睫毛が良く映える。  本当に、清らかで、美しい子だと文維は心から思う。この天使が愛してくれて、愛することが出来て、こんな幸運はないと思った。  重ねるだけの、感謝を込めた優しい口付けだけのつもりだった文維だが、気が付くと、煜瑾の肩から背中に腕を回し、美しい体を熱い掌でまさぐっていた。  文維の目的を感じた煜瑾は、ハッとして身を離そうとした。 「やめて、下さい…、文維」  文維の官能的な愛撫に、煜瑾も頬を染めるほど体温を上げている。それでも、煜瑾は文維の手を拒んだ。 「煜瑾?」  拒まれる理由が分からず、文維はさらに積極的に煜瑾を抱きすくめ、ソファに押し倒そうとした。 「お願いです…、やめて…欲しいです…」 「煜瑾…、煜瑾…、どうして…ですか…。私が、キライになった?」  熱を帯びた体を強張らせ、抵抗する煜瑾の姿がむしろ誘惑的に思われて、文維は夢中になって煜瑾を求めようとする。  文維は、煜瑾もまた戸惑いこそあれ、自分と同じく求めているのだと自分に言い聞かせていた。 「いや…、イヤです。文維…、イヤ…」 「イイ子だから…、煜瑾…」  もはや理性では抑えきれない、突き上げる想いに、いつの間にか文維は力を込めて煜瑾を押さえつけていた。 「イヤ…。ヤメて下さい。お願い…無理に…、無理強いはしないで…下さい」  泣き出した煜瑾に、文維はようやく我に返った。 「許して…文維…。怖い…です…」 「ゴメン…。本当にごめんなさい、煜瑾」  過去に暴力的な経験を持つ煜瑾に、乱暴な行為を強いることは決して、してはならないのだと、ずっと気を付けていた文維のはずだった。 「ゴメンね、煜瑾。本当に…、悪かった。許して下さい…」  文維はソファに押し倒した煜瑾を優しく抱き起こした。そして、泣いて震える煜瑾の背中を温めるようにゆっくりと擦った。 「…イヤ…なのです。今夜は…まだ…。…『あの人』が、近くにいるようで、イヤなのです」  煜瑾なりに、文維に触れられるのがイヤなのではなく、別の理由があるのだと説明しようとする。そんな煜瑾の素直さが、一途さが、余計に文維に罪悪感を呼び起こさせてしまう。 「悪いのは私なのに、怖い思いまでさせて、本当にごめんなさい、煜瑾。今夜は、煜瑾が嫌がるようなことは、もうしませんよ」  文維は、繊細な煜瑾を慰めようと柔らかく抱きしめるだけで、それ以上求めるつもりがないことを態度でも示した。 「文維…。私は、文維を信じています。だから…、怖いのは…少しだけなのです…。でも…」  じっと自分を見つめる煜瑾の眼が、涙で潤んでいるのが文維を苛む。 「もう、何も言わなくていい。私が悪かったのです。煜瑾を泣かすだなんて、ダメな恋人ですね」 「ぶん、い…」  文維が、悲しげに笑うと、煜瑾は安心したようにその胸の中に身を委ねた。

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