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第6話 ニゲルの気持ち
ニゲルに連れて行かれたのは、相変わらず洒落た雰囲気の初日と同じホテルだった。今回の部屋は南の国を模した作りが売りらしく、部屋にはモンステラやパキラ、ハイビスカスといった南国らしい植物が飾られている。大きなベッドは薄いカーテンに包まれた天蓋付きで、ラタン家具がより一層雰囲気を盛り上げていた。
そんな豪華な部屋をぐるりと見渡してから、向かいでグラスを傾けるニゲルを見る。
この部屋に連れ込んだ男は、どうやら機嫌が悪いらしい。夜食にもなる軽食と泡立ちのよいエールを用意していたのはいつもと変わらないが、どういうわけか一言も口をきかないのだ。
何が気に入らないのかわからないが、話したくない気分ならなぜ俺を誘ったのか。これが恋人なら気を紛らわせたり機嫌を取ったりするんだろうが、俺にそんなことを求められても困る。
そういうことが煩わしいと思っていることはニゲルだって知っているはずなのにと、小さくため息をついた。
「ハイネさんは、白手袋だったんですね」
ようやく口を開いたかと思えば、そんなことか。おそらくギルドにいた誰かから今日のことを聞いたのだろう。明らかに不機嫌そうな声は気になったが、それよりも訂正しておくのが先だろう。
「違うよ。白手袋まではいかなかった」
「でも、解毒の魔術が使えるじゃないですか」
「傷を癒すより解毒のほうが得意だったんだ」
「女王蜂の毒 を解毒できるだけでも十分でしょう」
「たった一度でクタクタになるなんて、冒険者としては使い物にならないよ」
修行中、俺は傷を癒すよりも解毒が得意だった。それは師匠がいた街の近くに毒沼や毒の魔蟲 たちが多く棲んでいたからで、師匠も解毒を得意としていた。
魔術を使わなくなって十年以上が経っても、たぶん可能だろうと思うくらいには解毒に自信があった。それでも今回は緊急を要していたから使っただけで、そういう場面に遭遇しなければ二度と使うことはなかっただろう。
魔術士は二つの系統に分かれている。
一つは癒し系を得意とする魔術士で、傷を癒したり解毒したり、中には体力を回復し幻惑などを解除できる魔術士もいる。そういう魔術士は自分が癒し系であることを示すため、白い手袋を身につけていた。一方、火や水、地、風のエレメンツを使った攻撃を得意とする魔術士は、その証である黒手袋を身につけている。
冒険者になる魔術士は単独で依頼を受けることが少なく、多くは剣士や拳闘士とパーティを組むのがほとんどだ。だから白手袋じゃないかと勘違いした冒険者たちが、俺に声をかけてきたというわけだ。
だが、俺は白手袋にはならなかった。だから冒険者にもならなかった。十二年前に白手袋を目指すこともやめた。
たとえ解毒の魔術が使えたとしても、それだけで白手袋の魔術士になれるわけじゃない。ニゲルが言うように女王蜂の毒 を解毒できたからといって、それで十分というほど白手袋の道は簡単じゃない。世界三大猛毒の一つを解毒できるくらいでは、白手袋にはなれないのだ。
「白手袋じゃなかったとしても、解毒の魔術が使えたなんて知りませんでした」
ニゲルの不機嫌そうな眼差しが俺を見ている。
「それに白手袋を目指していたことも知らなかった。出身地も親兄弟のことも、ギルドに来た頃の話までしてくれたのに、白手袋のことは話してくれなかった」
……うん? まさか、それが原因で機嫌が悪かったのか?
「別に話す必要はないよな」
「話さない理由もないですよね」
何がそんなに気に入らないんだ。
昔、冒険者を目指していたとか、ありふれた出来事だろう。それを話すか話さないかは俺の勝手だし、たとえ相手が友人だったとしても事細かに過去を話す必要はないはずだ。
「そういう話の流れにでもならないと話題に上らないだろ。それに立派な冒険者のおまえに、わざわざ冒険者になり損なったことを話してどうするんだ」
ため息をつきながらそう言って、少しぬるくなったエールを煽る。
「ほかの人たちは、ハイネさんが白手袋を目指していたことは知らないんですか?」
まだ気になるのか。一体何がそんなに気になるのかわからないが、ここで答えておかないとますます面倒臭くなりそうだ。
「サザリーは知ってる。十年来の仕事仲間だし、一から受付業務を教えてくれた先輩だしね」
「ほかは?」
「知らなかったんじゃないかな。サザリーはそういうことを吹聴する人じゃないし。まぁ、今回の件で知れ渡ったとは思うけど」
冒険者たちの伝達能力には凄まじいものがある。今日ギルドに来なかった人たちも、明日には耳にしていることだろう。なかには今日のようにパーティを組まないかと誘ってくる輩も出てきそうだ。
それはそれで面倒だが、笑顔で聞き流して噂が沈静化するのを待つしかない。
「あのゴールド剣士は?」
「ん?」
「あなたと親しいゴールドランクの剣士。あの人も白手袋のことは知らなかったんですか?」
どうしてここでヒューゲルさんが出てくるんだ。ニゲルの考えていることはわからないが、真剣な眼差しに誤魔化さないほうがよさそうだということはわかった。
「あの人は知ってるよ。サザリーと同じくらい古い付き合いだからね」
俺が受付になってしばらくした頃、まだシルバーランクだったヒューゲルさんに食事と酒を奢ってもらったとき、何かのついでにうっかり話してしまった。聞いたときは少し驚いていたようだが、それからヒューゲルさんが白手袋について触れたことはない。俺が触れられたくないと思っていることを察してくれたのだろう。
「……あの人には話したんだ」
何かつぶやいたようだったが、ちょうど残りのエールを一気に飲み干したところで聞こえなかった。
「ニゲル?」
「俺たち、結構仲良くなったと思ってたんですよね。セックスもするけど、ただ食事をしたり酒を酌み交わすだけの日も増えたし。昔の話もしてくれるし、結構気を許してくれるようになったのかなって、少し期待していたんです」
向かいに座っていたニゲルが、にこりと笑って立ち上がった。そのまま俺の隣に座り、もう一度にこりと爽やかな笑みを浮かべる。
「でも、まだまだでした。まぁ話したくないことの一つや二つくらいあるでしょうし、それは仕方ないとわかってます。俺も話してないこと、ありますし」
「は?」
「もっと気を許してもらえるように、もっとがんばりますね」
何を言い出すんだと思っていた俺に再び笑いかけたニゲルの手が、スッと胸の辺りに触れた。そのままスーッと服の上を滑るように動き、腹のあたりでピタリと止まる。
次の瞬間、ビリビリとしたものが服の下の肌を刺激して驚いた。
「……っ!?」
急な刺激に体がビクッと震える。それだけじゃない。セックスのときに毎回感じるのと同じ刺激のせいで、一気にペニスが上を向いてしまった。腹の奥がひくつき、連動するようにアナルまでもがヒクヒクと疼き出す。
「な……」
何だこれは、と言いたかったのに言葉にならなかった。急激に上がった体温と勝手に期待し始める体のせいで、口を開けば濡れた吐息しか出てこない。
こんなこと、これまで経験したことがなかった。たくさんの冒険者たちとベッドを共にしてきたが、こんなわけのわからないことになったのは初めてだ。
「ハイネさん、かわいい」
「なに、か、」
うっとり微笑んでいる整った顔に、何かしたのかと問いかけようと口を開いた……が、キスで塞がれてしまった。ねっとりと舌を絡ませるキスに、すぐさま息が上がってしまう。そのまま唇を舐められ、耳たぶを軽く齧られ、首筋に舌を這わされる頃には、俺の体はすっかり快楽を求める状態になってしまっていた。
それからは、いつものとおりトロトロを超えてドロドロにされた。
後ろから貫かれ正面からねじ込まれ、剣士らしい剣ダコのある手で下腹を撫でられるだけでビクビクと絶頂してしまう。はじめは射精していたペニスも四度目あたりから何も吐き出さなくなり、ペチペチと頼りなく自分の下腹を打つだけになった。
そうなると、あとはアナルでイかされるだけになる。
「ハイネさん、かわいいですよ」
「ひ、ひぅ、ぅあ、ぁ、」
「今夜もグチャグチャに泣いちゃって、ほんとかわいいなぁ」
「やめ、も、イけな、から」
「大丈夫、メスイキなら何度でもイけますから。って、ハイネさんなら知ってるか」
ニゲルの楽しそうな言葉にゾッとした。
ニゲルとセックスする前にもメスイキを経験したことはあったが、せいぜい一晩に一度くらいだ。ペニスでイくよりもずっと長く深い絶頂は、男にとって体力も精神力もごっそり奪われる大変なものだ。それを何度もなんて、無茶だ。
これまでだって、ニゲルには一晩で二度もメスイキさせられて死ぬ思いをしたことがある。快感も度が過ぎれば苦痛と変わらない。自分ではどうすることもできない状況と追い詰められるような絶頂は、ただの恐怖でしかない。そんなことを何度もなんて、俺を殺す気か。
「やめ、ろ……っ。も、むりだ、て……ぃっ!?」
対面座位で揺すられていた俺の首筋に激痛が走った。意外と柔らかい黒髪が視界に入ったことで、激痛はニゲルが噛み付いたせいだとわかった。あまりの痛みに快感とは別の涙が浮かんでくる。
「あー、本気で泣くハイネさんもかわいい」
「ふ、ざけ、な……」
「ふざけてなんていませんよ。こうしてしっかり痕をつけておかないと嫌なんです。いままでもそうでしたけど、きっと明日からは白手袋だって噂のせいで、ますます声をかけられるでしょ? 中にはベッドのほうも、なんて考える輩もいるでしょうけど、そんな輩に隙を見せたくありませんから」
機嫌がいいのか悪いのかわからない声色でそう言い放ったニゲルは、そのまま何度も思いきり噛み付いた痕を舌で舐めた。傷ができたのか、肉厚の舌が動くたびにピリピリとした痛みが走り、どうしてこんな目にあわなければいけないんだと腹が立ってくる。
それでも俺のアナルにはニゲルの立派すぎるペニスが突き刺さっていて、しかもドロドロにされた体には力も入らず、逃げることすらできない。泣いてしまったのも情けなくて、それでも不快だと伝えるために力なく肩を押した。
「怒らないでください。さすがに噛み付いたのは悪かったと思ってます。ちょっと衝動を抑えきれなくて……、すみません」
殊勝な声に、肩を押していた手を緩める。すると、反省しているのか優しい手つきでベッドに横たえられた。
「今度は気持ちよくしてあげますね」
「だから、もう、むりだって、」
「大丈夫。無理とかわからないくらい、メスイキさせてあげますから」
入ったままのペニスが一回り膨らんだことがわかり、ニゲルの本気具合に快感とは別の意味で体が震えた。
「ハイネさん、一緒にもっと気持ちよくなりましょうね」
これがベッドの中でなかったなら爽やかな好青年に見えただろう笑みは、俺にとって悪魔のような顔にしか見えなかった。そうして俺はこの日もメチャクチャに抱き潰され、気を失うように眠りについた。
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