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第4話 お星様を君に
ふと、目を離した瞬間、僕の本を買っていったその人はいなくなっていて、代わりに、葉っぱが置いてあった。
星みたいな形をした葉っぱが五枚。その葉っぱが星で、星座を線で結んだみたいに、蔓にくっついていた。
「え……たぬき?」
葉っぱで化けてた、みたいな?
「……ぁ」
でも、今、僕の本のお金って手渡された八百円は葉っぱに戻っちゃうことはなく、そのまま手の中に残っている。
「……」
不思議な――。
「はぁ、戦利品ほぼほぼゲットだぜぇ。って、どしたん? うお! まさか売れたのか?」
「ぁ……山本……ぁ、うん。売れた。本」
「すげぇ」
「うん」
僕の描いた漫画を買ってもらえた。
僕の作った本をお金を出して買ってもらえた。
「うん。びっくり、した」
もしかしたら、たぬきかもしれないけど。
「なんか、ガンバッテクダサイって、新刊、楽しみにしてましたって」
「うほー、マジか。お前のファンじゃん」
「! そ、そんなんじゃないとっ、思うけどっ」
もしかしたら葉っぱの妖精かもしれないけど。
「でも……嬉しかった」
今、僕が一生懸命作った本が一冊、僕以外の人の手の中にあるっていうのがさ。
「よーし! この調子でバンバン売ってこうぜー!」
「ちょ、山本、目立つ目立つ」
「目立ってなんぼだろー!」
「シーっ!」
すごく、すごーく、嬉しかった。
初参加の同人誌即売会はあっという間に終わってしまった。
僕らはとりあえず、終始テンション高くて、あっちこっちの、ネットで見たことのある漫画やイラストを見かける度に大はしゃぎして、壁サーの凄さに圧倒されて、ちらほら見かける特殊よりな性癖枠の方々の作品に、頬を赤らめつつ、無事、同人誌即売会を終えた。
めちゃくちゃ楽しくて、もちろんそのまま、ハイ解散なんてなるわけなくて。成人ではあるけれど、まだ未成年な俺たちはカラオケで打ち上げという名の同人誌黙読会を開催した。ようやくうちに帰ってもまだ、なんかホワホワしちゃってたくらい。
本当に夢のような一日だった。
まだ、足がジンジンしてる。感覚はまだあの会場の感動に浸ったまま。
ベッドに寝転がりながら、SNSで神絵師さんたちのイラストを眺めたりしてた。
「へぇ……出会いの定理、かぁ」
イケメン金髪たぬきさんが言っていた出会いの定理をネットで調べてみたら、すぐ出てきた。
一度目は突然。
二度目は偶然。
三度目は――。
「必然……」
らしい。
「ふーん……」
なんだろ。これに引っ掛けた、なぞなぞとか? でも答える前にいなくなっちゃったし。
すっごくかっこ良い人だった。僕はチビ助だから、そこと比べられても、なんだろうけど、うんと背が高くて、モデルみたいだった。身のこなし? っていうの? なんかスタイルとかも抜群だったし。サングラス外したら、目がちょぼちょぼ……とかだったら、まぁサングラスしてる意味わかるけどさ。とったら超絶イケメンってもうまんまBLじゃん。
いや、サングラス取ったら、目がちょぼちょぼからのBLも楽しそう。でも、イケメンって僕の中で鉄則なんだよねぇ。
「っぷは」
なんて色々考えてたらおかしくて、僕は足をバタバタとさせた。
「けど、なんだったんだろ」
謎のたぬきイケメン。
置いてあった葉っぱはアイビーっていうんだってさ。これもネットで調べた。すごくすごく丈夫な葉っぱらしい。確かにすごく丈夫だった。星の形をした葉っぱが綺麗だったし、あのたぬきさんの忘れ物って感じがして、捨てるのは忍びなかったんだ。なんだかもったいないなぁって思って、とりあえず持ち帰ってきた。
山本は「ふーん」って言ってた。
まぁ、もしも枯れちゃったらそれはそれで仕方ないって思いつつ、打ち上げのカラオケにも持っていって、そこから家に帰ってきて、今は水に浸してる。
水に浸けておくだけで根っこが出てくるくらい丈夫なんだってさ。
「……」
本当に出てきたらすごいよね。
一日中水なしだったのに、それでも、今からすくすく育ったらすごくない?
なんて思いつつ。
「……たぬきイケメンさん……読んでくれたかなぁ」
SNSに載せた一コマ漫画読んでくれてたっけ。ならフォロワーさん?
じゃあ、僕のフォロワーさんの中にいるのかな。やっぱ外国の人? だよね? 下手でも漫画描いてると、読んでますって言ってくれる人もいて、あ、もちろん山本は相互でフォローしてる。あとは……でも、さっきの人っぽい感じのアイコンとか……。
「うーん」
わからないや。
でも、いる、んだよね。
「…………」
何か呟いたら反応あったりして。
「今日は……楽しかった……です……と」
漫画買ってくれた人、ありがとうございます。楽しんでもらえたらとっても嬉しいです。また即売会に――。
「出てみたい、です…………はや、山本」
そして、そんな山本から「お疲れ様ー」ってリプが届いてた。あとは。
「……」
やっぱわかんないや。それっぽい人がいるのかどうかも。特に、今日買いましたってお返事も来てないし。そもそも、SNS常駐してるかどうかもわかんないし。
けど、いる。
どっかに、いる。
今、読んでくれてたりして。
読んでくれてますように。
楽しんでくれてますように。
すごく嬉しかったんです。
買ってもらえたこと。
楽しみにしてもらえたこと。
ポスカも貰ってくれたこと。
あんなにたくさんのすっごそうなサークルさんが山ほどいる中で、僕のところに、開場早々に来てくれたこと。
ぜーんぶが嬉しかったです。
もしかしたら、ただあのたぬきイケメンさんにくっついてた葉っぱがあそこで偶然落ちちゃっただけかもしんない。なんてことはない落ち葉だったのかもしれない。でも、あの星の形をした葉っぱが、すごくすごく素敵に思えて、嬉しくて、ベッドサイドの真っ先に朝日が入る場所にそっと置いた。
空いてる瓶をうちに置いてあるリサイクルボックスの中から探して。おととい使い切ったジャムの空瓶を見つけて、そこに水を入れて、葉っぱを。
手にぎゅっと握ってるスマホの中、僕が眠ってる間に、あのたぬきさんから、いいねマークを一つ押してもらえてたらなぁって思いながら。
「おやすみぃ……」
そう葉っぱに呟いて、夢みたいな一日だったから、夢の中でもまだ堪能できないかなぁって思いながら、目を閉じた。
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