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第5話 たぬきじゃなかった。
大学一年生、になりたて。
人見知りな僕はまだ入って数日のこの生活にかなり緊張しまくってる。少しだけ辺鄙なところにある大学で、自然に囲まれた清々しい環境……っていえば、とても素敵っぽいけれど、駅を降りて、そこからこの大学まで来るには徒歩なんて絶対に無理。バスか、とってもお金持ちならタクシーを使わないといけない感じ。田舎というか山の麓にある大学だ。
「お疲れぇ、青葉」
「お疲れ様、山本。あ、すごい、オムライス間に合ったんだ」
「いえーい」
高校が一緒だった山本は同じ大学に進学した。と言っても山ほど大学が近くにあるわけじゃないから、何人かここの大学に来ている。
所属している学科は別。
だから、顔を合わせるのは合同講義の時か、あとは今、お昼の時くらい。
そして、僕より早く来ていた山本は一日限定五十食のオムライスをゲットできていた。僕は間に合わなかったので、激安百円ワカメうどんにした。
「なんかまだ疲れてる」
「あは、そんな顔してる」
「いや、だって、俺、昨日買った本、読み出したら止まらなくてさぁ」
「え、全部読んだの? 打ち上げで読みきれなかった分。すっごい量だったじゃん。本命の大手さんがいなかったって言ってた割に」
本当にすごい量を抱えてたもんね。帰り大丈夫? って思ったくらい。もうエコバッグから悲鳴かもしくは「ぐぐぐぐ……ギギギギ……」って唸り声でも聞こえてきそうなくらい、耐性可能荷重ギリギリまで詰め込んであった。むしろよくちぎれないなぁってくらい。
「いや……あそこには魔物が住んでるな」
「ぷは」
「だって、読み出したら止まれないだろぉ」
「まぁ、それはわかる」
コクンと頷いた。でも、僕は家に帰りつつと、読まずに寝ちゃったんだ。なんていうか、自分の体験の方がちょっと刺激が強くて。なので、今回の戦利品は今夜の楽しみとして堪能するつもり。
山本はダルそうな溜め息をつくと、確かに少し目元にクマのある疲れた顔を机に突っ伏して、隠した。
「お休みぃ。俺の代わりに午後の講義、出席の……返事しといて」
「ちょ、無理。そんなん。それに学科が」
「合同講義だけでもさぁ」
できるわけないだろって、本当にこのままここで居眠りしそうな山本の肩を揺すって慌てて起こした。ここで寝ちゃっても、僕、代返みたいな器用なことできないからねって。
「あ! そうだ! 青葉、どっかサークル入んの?」
本当に寝るのかと思ったら、今度はぴょんと起き上がった。
サークル勧誘。まだ入ったばっかの新大学一年生ってどうしてわかるんだろうね。まだ高校生っぽく見えるのかな。朝、大学に来るとまだ勧誘の声をかけられて、それが結構困るっていうか、ストレスっていうか、人見知りな僕にとっては、やや、朝の憂鬱事っていうか。知らない人にいきなり「ねぇねぇ」なんて話しかけられるのはちょっと朝から疲れるじゃん。しかも自慢じゃないけど、テニスもバスケもサッカーもこの僕の外見からしてやらないってわかるじゃん。はい。この子はうちのサークルには適してません、って、判断してくれたらいいのにさ。
チビ助で、地味ぃな黒髪。運動神経ゼロ感が滲み出た筋肉ゼロに近いヒョロヒョロ体型。もちろん外見通り、バスケもサッカーもやりません。高校の時は体育の授業であたふたしてました。ボールが来ると慌てすぎてミス連発派でした。よってテニスなんてもってのほかです。ラケット空振り三振する自信しかありません。
「入らないよ。多分。バイトもあるし」
「コンビニバイト。大学入っても続けてるんだ。まぁ、そうだよなぁ。また印刷代とサークル活動費、稼がんと」
「そうそう」
大学のサークルには入らないけど、僕はすでにブルーグリーンっていうサークル運用してるんで、なんちゃって。
「今日、見ちゃった!」
「もうやばいよね」
ふと、隣に座った、僕と同じ激安百円ワカメうどんを頼んだ女子の会話が耳に入った。
「?」
やばいって、何を? 見ちゃったって、え? 何を? って、その会話に意識を向けた、その時だった。
「あ……」
山本がそう小さく呟いて、そして、ワカメうどん女子がまた、今度は周囲の目を気にしながら、キャーって小さく叫んだ。
そんな彼女たちの視線の先、ガラス張りの学食の横を、女子に囲まれながら歩くっていう、漫画でしかお目にかからないような光景が通り過ぎて――。
「!」
あれって、違う? かな。でもあの金髪と……。
颯爽と、女子に囲まれつつ、多分学食のエントランスに向かって歩いているんだろう、その人は。
「俺、あの人、昨日、会場で見た……すげぇ、こんな偶然あるんだなぁ」
「へ?」
「多分だけど、でもあんなイケメンそういないしなぁ」
昨日の、たぬきイケメン。
「あ、やっぱそうだ。昨日、いたいた」
「!」
「レイヤーさんかと思ったんだ」
マジで?
「へぇ、こんな偶然あるんだなぁ」
あの人? やっぱり? 昨日のたぬきイケメンさん?
「すげぇな。世界は広いようで狭い」
マジで?
そして、人間だったんだ。たぬきじゃなかった。
そんなたぬきイケメンさんが本当に学食にやってくると、隣の女子がまた小さくキャーって叫んで、僕は……なんだか慌てて俯き、激安ワカメうどんを誰よりも早く高速ですすった。
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