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第6話 新緑キラキラ

 ――し、資料室! 行かないと、だった。  逃げちゃった。  ワカメうどんいっそいで食べて、出てきちゃった。  だって。  めっちゃ、陽キャじゃん。  もう全然違う世界って感じじゃん。  だからかな、なんかあそこで見つかりたくなかったんだ。慌てて俯いちゃった。  急に急ぎ出した僕に山本も「どうしたー?」って不思議そうだった。  びっくりした。  びっくりすると人間、なんでか狼狽えちゃうじゃん。  山本は昨日即売会で見かけたって言ってたけど、似てるだけかもしれないじゃん。あの人がたぬきイケメンさんかどうか確かじゃないでしょ。  昨日は一瞬だったし、慌ててたから、違う人かもしれない。金色の髪が同じってだけかも。  やっぱ、わかんない。  そんな偶然ないでしょ? こんな広ーい世界で、そんなことあるわけないです。似てる人かもしれないじゃん。  そのほうがいい感じ。  そのほうが、気後しないでいい感じ。 「……ふぅ」  運動は苦手。  もちろん体育は好きじゃない。  キャラで言うと地味。  クラスの端っこで静かにしているタイプ。  プラス人見知り。  放課後に公園でサッカー、野球、バスケをするなら、それを部屋で友達と漫画で読む方がいいタイプ。そして、日陰でひっそり過ごすのが心地いい感じ。  だから、なんていうか、僕にはそんなすごいとこなんて特に見当たらなくて。  でも、昨日、僕の描いたものを楽しみにしててくれる人がいて、その人にとって僕ってちょっと素敵だったりするのかなって嬉しかったんだ。  うん。  嬉しかった。  すごく、嬉しかったけど。  あの人の方がずっと人気者で、もっと素敵だと他の人に思われてて。 「……」  ああいう、日向にいそうな人はちょっと苦手。女子が周りにたくさんいらっしゃったし。そういう人もいるんだなぁと遠くから眺めるくらいでちょうどいい。  僕があのたぬきイケメンさんにとって眩しい存在なのかも、なんて思っちゃったけど。 「……新緑が綺麗だなぁ」  たぬきイケメンさんの方がずっと眩しい存在でした……っていうだけ。  僕はそれにすこーしがっかりしただけ。  心、狭いよね。でも、嬉しいことだったんだもん。  そして少し恥ずかしいだけ。  僕がちっとも素敵じゃないってだけ。それは仕方ないんだし。  ―― 出会いには定理があるのをご存知ですか?  はい。調べました。うちに帰ってすぐに。なんであんなナゾナゾ出してきたんだろ。  ――一回目は。  突然、でしょ? 「……はぁ、もぉ……」  資料室の棚の間にしゃがんで膝を抱えて、俯きながら、そっと溜め息をついた。  二回目は、偶然。  三回目は。 「コンニチハ」 「……」  三回目は。 「あおっぱ。さん」  必然。 「……ぁ」  新緑が綺麗だったんだ。四月中頃、大学構内になる桜の木は完全に花びらが散って、綺麗な緑色の葉っぱがたくさんサラサラ風に揺らいでて。それが資料室の窓から見ると結構いい感じで。ほら、葉っぱと葉っぱの隙間から春の日差しがキラキラしてる。  キラキラって。 「さっき、資料室に行くって言ってたから」  してる。 「急いで、ワカメうどん食べて追いかけました」 「……ぁ」 「あ、わからないか。俺、昨日の即売会行ってたんです。サインもらいました」 「あ」 「SNSもフォローしてて、ほら」 「……ぁ」  たぬきイケメンさんがズボンのポケットから取り出したスマホをささっと操作して、画面を見せてくれた。そこには設営完了ー! って、僕の本と隣に無配ですって紙をくっつけたポスカが置いてある。小さな僕のサークルスペース。  でも、人生初のサークルスペース。 「あ、この……アイビーさん?」 「イエス」  知ってる。  そっか、アイビーって英語で書かれてるから、繋がらなかった。僕のこのフォロワーさん知ってる。自己紹介も全部英語だった。外国の人もいるんだ。数少ないフォロワーさんの中に何人かいるんだけど。このアイビーさんはたくさんいいねをしてくれるんだ。絵でも、なんてことはない呟きでも。でも、外国の人っぽかったから、僕からは話しかけたことなくて。恥ずかしいし、ネットでもなんでも人見知りは変わらないものでしょ。だから、いいねをしてくれるの、知ってるけど。 「昨日の葉っぱ、あれ」  アイビーっていう種類の植物の。 「ハイ」 「あ、あれ、すごく丈夫な植物って、ネットに書いてあって。僕、持って帰って水にいけてます」 「! わぉ、嬉しいな」 「!」  たぬきイケメンさんがとってもかっこいい顔をクシャリとさせて笑った。僕はそのことにびっくりした。だって、すごく嬉しそう、だったから。 「あれはアイビーのグレーシャーっていう、種類です」 「グレーシャー」 「えぇ」  わ。  また笑った、今度は首を傾げて、もっとクシャって笑った。 「私の名前は、グリーン」  彼が笑うと、窓の向こうの緑色の葉っぱが喜んで陽をキラキラさせながら踊ってるみたい。 「グリーン・グレーシャーって、イイマス」  わぁ。 「会えて、嬉しいです。あおっぱ。さん」 「あ、あ……えっと、僕は、青葉です。本名。本当の名前、青葉。富永青葉(とみながあおば)です」 「わぉ。青葉、綺麗な名前だ」 「! あ、あの、あの、リアルでは青葉って呼んでもらえると……その」 「……青葉」 「! は、はい」  わぁ、あ、あ。 「青葉」  わぁ、ぁ、ぁ、あ。

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