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第8話 隠キャ驚愕
君に会うために海を越えてきた――なんて、歌の歌詞とか、詩とか、ドラマとか、映画とか、とにかくそういうところでしか聞けないフレーズだと思ってた。
まさか、地味で隠キャの僕にそんなフレーズを言われるようなことがあるなんて、思ってもいなくて、びっくりして。
「…………スキって、ぇ……えっと」
どうしたらいいのかわからなくて。
ドラマチックなフレーズに、それに、だって君は……男子、だし。だから、すごく戸惑って、考えるのが、フリーズする。
「って、ごめん、急に言われてもびっくりするよね」
はい。ものすごく、びっくりしてます。
グリーンはふわりと笑って、金色、よりも少し落ち着いた、けど綺麗な色をした髪をかき上げた。それが雑誌のページみたいに完璧で、でも、今、それに感心してる場合じゃなくて。
「テンション、高くなっちゃってて。つい、口から出た」
え、そんな、何か、ぽろりと出る、もの?
「高校卒業の時に好きな女の子に身長抜かれてたってショック受けてたから、青葉がゲイじゃないのもわかってる」
それも……知ってるんだ。すごい。うん。確かに、そんなことを呟いた。卒業式の時、卒アルにメッセージ書いてもらおうと勢い勇んで言ったらさ、その子の目線がやや下向きで。
僕の視線はやや上向きで。
あれ?
これって?
って、身長が追い越されてることに気がついて。
「あ!」
「ひゃ、ひゃい!」
びっくりした。大きな声出すから、変な声で返事しちゃったじゃん。
「日本語では、スキって二種類あるんだっけ」
「へ?」
「ラブと……」
わ、かっこいい発音。ブ、じゃなくて、ヴ、みたいなの。
「ライク」
イケメンが華麗に笑った。
イケメンが資料棟の裏手なんていう地味な場所で、木だけじゃなくて雑草も生い茂るこんな場所で笑ってる。
「言えて嬉しい。念願の日本に来れて、イベントで、あおっぱ。から本を買えた。最高だよ。それで、少しテンションおかしくなってる」
今度は苦笑いを溢してる。
「困らないでいて。でも、今言ったのは本当に思ってることだよ」
ライクじゃなくて、ラブってこと。
「日本に来たのは日本文化を知りたかったのもある。イベント参加はずっと夢で。海外にいたら絶対に手に入らない漫画とかもあるし。それで、こっちに来る決意をして……将来は日本文化に精通した仕事をしたいって思ってる。この留学もその勉強のため」
「……」
「でも、好き」
また、言われた。
「青葉のこと」
グリーンが笑うと、冗談でも駄洒落でもなく、木々が葉っぱが喜ぶ気がした。
「今すぐじゃなくていいから、そのうち、考えて」
「……ぇ、あのっ」
「女の子が恋愛対象の君に、いきなり言っても振られるだけだろうから、今は何も答えずにいて」
「……あの」
颯爽と、爽やかに。
「あ、あの、考えるって……その」
「俺と付き合うってこと」
「!」
グリーンがまた笑った。ふわりと鼻から抜けるやんわりとした呼吸とほんのり緩んだ唇の結び目。でも――。
「じゃあ、また」
新緑よりもキラキラしてる。
「あ、そうだ。青葉」
「は、ハイっ!」
「これからは大学で見かけたら声かけるから。無視しないでね。あと、慌てて隠れないで」
あ。
知って。
さっきのワカメうどん大急ぎで食べて逃亡したの。
グリーンは、ヒラヒラと手を振って。そして、「じゃあ」って言いながら。
「………………え、えぇ」
去っていった。
ねぇ。
スキって、好きってこと? ラブって言ってたけどもさ。
グリーンが、僕のこと、を?
「……………… はぁ、あぁぁぁぁ」
思わず、その場に座り込んで膝を抱えながら、その膝の中に溜め息っていうか、なんていうか、息を吐いた。
だって、びっくりして、なんも返事とか、なんか言うべき言葉とか思いつかなかったよ。SNSで僕が一瞬、いや、一瞬は嘘だけど、一時間くらい上げていた自撮りを見て、僕のことを、ってこと? でも、あの自撮りに、あのかっこいいグリーンに好かれるようなポイントなんてなかったよ。自分でこんなこと言うのもなんだけどさ。
「…………えぇ……?」
こんなこと、ある?
今、僕、告白された? よね?
「えっと……あの自撮りって」
写真を上げた呟きは一時間くらいで、ビビって下げたっけ。
「そだ……高校卒業前の、バレンタイン前の、それで……この辺り、だよね……」
で、その後に色々呟いたっけ。急に自撮り上げてすみませんとかナントカ。顔わからないように前髪ぺったんにしてたんですーとか、言ってさ。照れ臭くて、妙にたくさん呟いたのを覚えてる。
「あ、あった」
そして、遡ってその辺り自分の発言を見返したら。
「あ……」
いた。
「アイビーさん……いいね……くれてる」
このいいねのマーク、グリーンが付けてくれたんだ。
―― あおっぱ。が、一度、上げた自撮り写真、偶然、ミタ。
グリーン、そう言ってた。僕の自撮りを見てくれてって。
「うそぉ……ん」
ほっぺたが熱かった。耳のところも熱かった。ここ、少し寒いって思ったんだけど。つい数分前にはさ、建物の影に隠れてるとまだこの時期は、少しだけ肌寒いような気がしたのに。今はさ。
―― キミのコトが、スキ……だから。
熱くて。
「うわぁ……」
驚くばっかりで。
午後の合同講義を受けに大講義室で待っていた山本に。
「手ぶら? お前、資料室行ってたんじゃないんかい」
そう言われて、はたと、自分の鞄も資料室に置いて来ちゃったことに気が付いたくらい、驚きでいっぱいだったけど、でも、僕は。
「あ、うん……忘れて、来ちゃった」
僕は――。
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