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第13話 あおっぱ。に、葉っぱ

 あの日食べたマスカットのパフェは最高に美味しかった。学生の身分の僕には、外食一食分以上もするスイーツなんてお目にかかる機会すらないから、食べる時に少し緊張しちゃった。  お洒落なカフェで、天気がいいからってグリーンが外の、オープンテラス? だっけ? そこで食べようって言って、二人で日差し浴びながら食べたんだ。駅前にあんなところがあるなんて知らなかった。木がいっぱいで何か店があるんだろうなぁって思ってはいたけど、中の様子はうかがい知れないくらいに緑がいっぱいのところだったから。入る時、え? ここ進んじゃっていいの? なんて思ったくらい。石のタイルが転々とあって、そこを辿るように細い小道を歩いていくと急に開けたところに出る。で、そこにカフェがあってさ、そんなとこ行ったことなかったから、ドキドキした。  でも、気がついたら、緊張のドキドキはなくなってた。  木に囲まれてたからかな。  人が少なかったからかも。  それと――。 「もう最高だったぁ。ついにいいいいい! って、ベッドの上で転げ回ってた」 「そんなに? でも、両思いになるまでが長かったから、俺も嬉しかった」 「あのシーン最高じゃなかった?」 「どこ?」 「軒先のところで、咲いてる花を見せたくて顔を上げてさ」 「あ! あそこか。あのシーン、俺も思ったよ。すごく素敵だった」 「だよね! もうさすがー! ってなった。ああいう時の表情とかもう最高だった!」  グリーンと話すのが楽しかったから。 「いいよね。紙本で買い直したよ!」 「青葉は基本電子なんだっけ?」 「うん。あの先生の全部電子でなら持ってる」 「わぉ」 「やっぱ紙だよねぇ」  山本とも話すんだけど、なんかちょっと違うっていうか。  どっちかっていうと山本はファンタジー系のBLの方が好きで。ほら、よくある異世界転生とかの。あと、ごっつりなエロすね。それこそ異世界で触手が出現して、あ〜れ〜っていうの。まぁ、そういうのもたまには楽しいんだけど、僕は本当に日常にあるような些細な感じのさりげなーい感じのが好きで。 「紙の方が好きなのに基本電子?」 「あ……いや、それは……まぁ、多くなりすぎるので」 「あはは、そっか」  グリーンはその辺、好みがドンピシャで同じだから、話がすごく合うっていうか。「そうそう、それそれ」がたくさんすぎて、あのカフェの時だって外で食べてる人は僕らだけだったから、もう二人で大盛り上がりで止まらなくて。  今日はそのカフェで大盛り上がりした漫画をグリーンに貸してあげるって約束して持ってきたんだ。  大学の、この前、資料棟の裏手にあるちょっと日陰の多い場所で待ち合わせた。  グリーンは本当に大学で人気がすごくて、一人でいる隙がほとんどないから。 「じゃあ、他にどの先生のは紙でも買うの」 「いや、それがさ、もうどの先生のも買いたいんだけどさぁ」 「うんうん」 「あそこに行っちゃったから」 「あ」  グリーンが気がついたって顔をした。 「イベント?」 「もうあそこは魔物がいる! やばいくらいに買っちゃう。それこそ一瞬で僕の部屋の本棚埋まる自信がある」 「なるほど」 「だって、商業の先生も来るじゃん? そんなのズルだよーって思うくらいさぁ。電子でも商業でもなく、同人でそれ出されちゃったら買うジャーン! って」 「あはは」  グリーンが口を大きく開けて笑った。 「まぁ、俺も青葉の初同人誌買うって、とにかくあおっぱ。スペースに直行したから気持ちわかる」 「あ、その節は……どうも」 「あのサインは宝物だよ」 「あ、あんなんで、よければいくらでも、百でも二百でも」 「千でも?」 「もちろん」  わぁおって、また笑って頬杖をついた。  今、僕らは資料棟の裏側、少し苔まで生えちゃってる非常階段のところに座り込んで話してる。貸してあげるって約束して持ってきた漫画はすでにグリーンに渡し終わってる。 「じゃあ、今度色紙買ってこよう」 「えぇ? いいよ。ノートの紙ちぎって書くよ」 「そんなのもったいないじゃないか」 「いやいや、あの時のだって、ただ名前書いただけじゃん」 「俺にとっては宝物だよ」  もう用事は済んだけど、グリーンはきっと上手いんだ。話すの。  だって人見知りがものすごいはずの僕がこんなにたくさん話してるって、ものすごい珍しいことで。  そりゃ人気だよなぁって、思う。話せば話すほど。楽しいから。 「た、宝物って大袈裟な」  楽しいからもっと話したいなぁって思ってしまう。俺も。 「そ、それにしても、平気? お昼休み終わっちゃうよ? グリーンの友達、グリーンのこと探してるんじゃない」  他の人も。 「俺ばっか話したら……」  みんな、グリーンともっと話したいなぁって……思ってる。 「言っただろ?」  もったいないって、なる、よ。  こんな資料棟の裏手なんて地味なところで、苔も生えちゃうような非常階段のところで、お昼休みぜーんぶ使っちゃったら。 「宝物だって」  すっと伸ばされたグリーンの手が僕の頭に触れた。長くて、ただの指でさえかっこいいその手が。 「葉っぱ、ついてた」 「……ぁ」 「あおっぱ。に、葉っぱ」  もったいないってさ。 「アメリカンジョーク」  みんなが君を探してると思うのに。 「なんて……あはは」  漫画ならもう渡したのに。  でも、僕はまだここに座ってる。

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