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第15話 ぎゅっと

 まさか大学に来てまでスポーツ系イベントに遭遇するなんて思ってもみなかったなぁ。  学園もののBLイベントとしては結構好きだけど、ワクワクするんだけど、リアルでは球技どころか運動全般苦手だから。  でも新入生親睦会を兼ねたスポーツイベントだから緩めで助かる。なにせ、種目が、バスケ、サッカー、それからもう一つ、球技全般苦手な人用なのか、ドッヂボール、なんだから。  ほら、ドッヂボールなら当たってアウトになっちゃえば、もうその後は終始のんびり見学タイムで終わることができる。立ったまま戦況を眺めながらたまぁに外野に飛んでくるボールを拾う程度でいいし。  ちょっと日差しが強かったから、暑くて仕方なかったけど。 「ふぅ……」  ようやくそんなドッヂボールの試合を終えて、日陰に来れた。木の影っていうだけでこんなに涼しいのって。 「あ、ここにいた」  すごいよね。日陰。 「試合、お疲れ様」  ベンチに腰を下ろして、ずっと立って試合を見学していた僕は疲れた身体をその素もたれに寄りかかりつつ、背中を反らした。 「青葉」  そしたら、頭上にとってもかっこいい顔が出現した。 「グリーンこそ、バスケ」 「見てもらえて嬉しかった。張り切っちゃった。はい、これ」 「ひゃっ、わっ」  飛び上がるほどびっくりした。背もたれに全身で寄りかかって仰け反っていた僕のおでこに、ジャラジャラと騒がしい音と一緒に、史上最高に冷たい物が乗っかって、視界が一瞬遮られて、ついさっきまで四月とは思えない炎天下の下、外野を務めていた僕の身体が飛び上がる。 「指」 「へ?」 「ボールで痛くしていたでしょ?」 「……ぁ」  見て、たんだ。  グリーンが持ってきてくれたのは氷嚢。 「ぁ、りがと」 「どういたしまして。ボール、惜しかったね」 「……」  飛んできたボールを取ってみようかなって手を伸ばしたんだ。 「もう少しでキャッチできそうだった」  でも鈍臭いから、キャッチはできなくて、おまけに突き指をしちゃった。大したことないよ。「イタタタ」っていう程度。二倍に腫れ上がって! ……いるわけでもない。 「ちゃんと指冷やして」 「……」  小指のところ。ちょっとジンジンはするけど。 「わざわざ、これ」 「だって、君の指は宝物でしょ?」 「……」  そう言って笑って、隣に座ると、僕の突き指をした小指の上にその氷嚢を乗っけてくれた。 「君が指の負傷で絵を描けなくなってしまったら大変だ」  僕の指はそんなたいそうなものじゃない。これがさ、商業の先生とか、フォロワー何万人のイラストレーターさんとか、一般人だけど、え? 美大行ってる? ってくらい、もしくは行ってなくていいんだけど、もう見てすぐわかるくらいのすっごい才能溢れる絵師さんの指とかなら大慌てで冷やすと思うけど。  僕の場合はそんなことしなくたって、別に。 「大袈裟だよ」  きっとグリーンが突き指をした方がずっと大変な緊急事態だと思う。もう女子が大騒ぎで。 「大袈裟なんかじゃないよ。当たった時、痛そうにしてたから心配だったんだ」  ボールをキャッチしそこねてアウトになったのは試合が始まってすぐくらいだった。だからそこからずっと外野で立ってたんだけど。  暑くて、少し退屈で、少し指が痛かった。 「見て、たの?」  外野でずっと立って見学、ちょっと退屈だった。 「もちろん」  見てるのだって退屈だったはずなのに。 「つ、つまらなかったでしょ」 「まさか。応援してたよ」  そんな、グリーンの出てたバスケの試合に比べたら、全然。 「好きな子の試合は見るよ」  グリーンの出てたバスケはものすごい人が観戦してた。すごく盛り上がってて、試合そのものだって普通にワクワクするくらいカッコよかったし。 「あ、今、少し俺のこと、好きになった?」 「! な、何言って」 「あははは、冗談だって」  でも僕の出てたドッヂボールの試合なんて本当にのほほんとしたもので、和気藹々っていうか。白熱した試合、からは程遠いもので。 「ちゃんと冷やして、治さないと」  見てても面白くなんて――。  体育なんて苦手だよ。運動得意じゃないし。小さい頃から好きじゃなかった。ドッヂボールもクラスメイトがやってるのを眺めてる程度。当たってすぐにアウトになるし。  ――ボール、惜しかったね。 「あわわわわ」  ――もう少しでキャッチできそうだった。 「うわぁっ」  運動用のウエアなんて持ってないくらいインドア派な僕だけど。 「わっ」  でも。 「わっ!」  ボール、キャッチするくらいなら、できるかなって。 「うわぁ! 取れた」  そう思って手を伸ばしたんだ。次の試合も。  そしたら、ほら。  ぎゅっとね。したんだ。  両手で、ぎゅって。 「ナイスキャッチー!」  だって見てくれてるからさ。僕の試合を。  すごい目立つ応援が一人いてくれたからさ。 「ナイスー! 青葉!」  でも、まぁ。運動は全般的に苦手なので。 「指、平気?」 「あ、うん」 「二試合目、大活躍だったじゃん」 「逃げてただけだし」 「そんなことない」 「逃げ回って、最後、キャッチできたけど、その次の瞬間には当たってアウトになったし」 「突き指はしなかった」  そう劇的な大活躍を僕ができるわけもないんだけど。でも。 「青葉、お疲れ様。すごくカッコよかったよ!」  でも、応援してもらえたんで、ちょっと頑張って。  そして、ちょっと、楽しかった。

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