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第16話
大学に入学して早々に行われた球技大会は四月の終わり、とは思えない夏みたいな陽気の中、無事に終了した。
僕が参加をしてたドッヂボールにおいて、うちの科は可もなく不可もない成績で終了。サッカーになぜか挑んだ山本のチームは負け越して終わり。
グリーンのいた日本文化科は優勝は逃したものの、準優勝という華々しい結果で終わった。ちなみにバスケで優勝したのは教育学科。バスケ経験者が四人いたらしい。五人で一チームなわけだから、ほぼただのバスケ部だったんだって。そこにグリーン対策としてバッチリ守りの選手を置かれちゃったらさすがのグリーンだってさ……。
でもその中でも大健闘で大活躍だったグリーンの人気はまたまた急上昇。
ものすごい人気者となった。
そんな球技大会で、人見知りな僕も新しい環境に少しずつ馴染めたような、まだ馴染めてないような、たくさん話せるようになったような、なってないような。
そんな感じで五月に突入した。
「……天気予報、夜遅くから雨って言ってたのに……」
エントランスが薄暗かった。
この前の球技大会の時には暑くて汗ばむ陽気だったのに、今日は肌寒くて、一気に季節が春より前に戻ってしまったみたいになっちゃった。
天気予報の人は今日から梅雨入りって言ってたっけ。
傘、念のため、っていうか、その予報を聞いて自分のロッカーに置き傘をしておこうと思って持ってきてよかった。置いておくはずが使うことになったけど。
外に出ると思っていた以上に雨はしっかり降っていて、スニーカー汚れちゃうなぁって。
「……あ」
そう思いながら、日本文化科の前を通り過ぎようとしたところだった。
うちの大学は学科ごとに小さな棟になっている。それとは別に合同で行われる講義やセミナーに使う大講義室とかのあるメイン棟と、カフェテラス、体育館、グラウンド、このグラウンドは小さいんだけど、それから僕がよくグリーンと腐トークをする地味な裏手のある資料棟がある。
その日本文化棟のとこ。
屋根のところに、グリーンがいた。
傘、持ってないのかな。
でもグリーンだもん。女子とかがこぞって傘を差し出すと……思う、けど。
「! ちょっ!」
思わず声かけちゃった。
だって、少しだけ空を見上げたかと思ったら、普通にそのまま傘ささずに歩いていこうとするんだもん。
「ちょ! グ、グリーン!」
だから慌てて、すごく大きな声で呼び止めちゃった。
ちょっとの雨なら、まぁ走っていってしまおうって思うかもしれないけど。
スニーカーが汚れちゃうなぁって思うくらいには雨がわりとしっかり降ってるよ?
「傘、持ってないし」
「ぇ、えぇ? でもそしたら止むの待つとか」
「空見たら止まなそうな色をしてたから。雲、分厚いし」
「まぁ、そうだけどさ」
さっき空を見上げたのはそれで、だとして。
「それにこのくらいの雨じゃ、アメリカでは誰も傘なんて差さないよ」
「えぇ? そんなわけないじゃん。そんな誰もがそうみたいに言っちゃダメだよ。グリーンだけだって」
「いや、本当に傘なんてささない」
「嘘だー」
「本当に」
傘を持ち歩くと荷物が増えるだろ? って、笑ってる。
「でも今日は寒いよ。傘、持ち歩くの面倒なら誰かに入れてもらえばよかったじゃん」
「そう。だから俺はとてもラッキー」
きっとしばらくあそこで困った顔をしていたら、必ずや女子がドキドキしながら「どうしたの?」って声をかけてくれてたよ。
「雨降りで、しかもちょっと濡れちゃったのに?」
「もちろん」
だって、一つの傘に二人でさ、入れるんだもん。
「青葉の傘に入れてもらった」
女子ドキドキの超至近距離じゃん。
「あそこで走って大正解だった」
豪快なポジティブさについ笑うとグリーンが雨でしっとりとして、でも湿気が混ざっている空気のせいもあるんだろう、少しいつもよりも緩く波打つ髪をかき上げた。
そんなグリーンはどんより雲のおかげで髪の色さえしっとりと落ち着いていて。
ちょっといつもと雰囲気が変わる。
「変なの」
「変?」
「だってこの寒さの中で雨に降られて濡れて、それなのに楽しそうなんだもん」
いつものグリーンじゃなくて、つい、ぷいって視線を逸らしてしまう。
「雨に濡れるなんで全然いいよ」
君と相合傘で帰りたい女子はたくさんいる。たぶん、グリーンは自覚してないし気にしてないだろうけれど、あの球技大会後の人気は本当にすごいんだから。山本なんてそのうちファンクラブができるんじゃないかって、冗談なのかわからないこと言ってるくらい。それなのにさ。
「青葉と相合傘。雨に感謝だ」
「っ」
君は僕との相合傘に喜んでくれて。
「あ、グリーン濡れちゃってんじゃん。もっとこっち」
「あ、いや……青葉も濡れちゃうから」
「服くらいいいよ、別に。洗濯すればいいし」
「あー……でも」
「?」
風邪ひいちゃったら大変じゃん。今日はうんと寒いんだから。冷えると風邪ひきやすくなるから。そう言ったら。
「まぁ……ほら……」
このくらいの雨なんて気にしない。
濡れちゃうのも気にしない。
傘だって荷物増えちゃうじゃんって思うようなグリーンがただの僕との相合傘に、風邪で熱でも出ちゃったみたいに頬っぺたを真っ赤にした。
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