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第18話 ちぇ

「うぅ……ぅ、うっ……うぐっ」 「青葉、やめておこう」  ど、どうしょう。  こんなの無理だよ。 「うぅっ」 「また次にしよう、青葉」  こんなの欲しくてたまらなくなっちゃう。なんで? こんなの見せないでよ。疼いちゃうじゃん! なにそれ、そんなの出さないでよ。見せないでよ。そんなに入りきらないもん。 「うああああ!」  僕の部屋の本棚に。 「青葉、悩みすぎ」 「だって!」  電子にはないんだよ? 紙本限定のポスカがつくとか最高すぎるんですけど。ポスカっていうのは電子では絶対に味わえない素晴らしさがあるんだよ。スマホの小さな画面じゃなくて、アナログならでは? 紙特有の? とにかくそんな魅力がつまってるんだもん。  ずっと好きな作家買いしてる先生の新作が欲しかったんだ。いつもどおり電子で買う予定だったのに。  本屋に来ちゃったから。  オタクにとっては天国でもあり魔物が住んでいて罠仕掛けられまくりの巣窟みたいな、そんな本屋さん。下の階にはグッズなんかもあって、腐だったり、シンプルにアニメが好きな人だったり。もうそれぞれの分野のオタクがおおはしゃぎできる夢の場所。  普段は来ません。来ると胸が苦しくなるから。 「…………」  普段は来ないんです。こんなふうにうずくまっちゃうから。 「青葉? 大丈夫?」 「…………」 「青、」 「買います」  すくっと立ち上がった。  これは買わないといけないんだ。本棚が埋まっちゃうとか、際限なくなっちゃうとか言ってる場合じゃない。今しか買えない、手に入らないポスカをスルーなんてできない。今日、ここに寄ってよかったです。  ありがとう。  神様に好かれてるグリーンのおかげです。 「青葉?」 「レジ行く」  とりあえずこのポスカは持っていないといけないもの、っていう謎の使命感に操られ、レジへと向かった時だった。 「あ、あれ、青葉の好きな作家さんの」 「はわ!」 「すごい、パネルだ!」  すごーい、すごいすごい。すごいよ。 「去年映画になったんだ」 「あぁ、あおっぱ。が呟いてた」 「うん。ひとりで五回も見に行った」 「知ってる。まだ向こうにいた時で、向こうでは映画の上映ないからうらやましかった」  最高だった。作画もよかったし、何より自分の大好きなカプが声出してる。動いてる。笑ってる。好きって呟いてるー! って、初回と二回目はもう感動のあまり泣きそうだった。 「写真、OKだって」 「……ぇ、あ」  ホントだ。写真撮ってSNS上げたいかも。パネルがありましたー! って。 「撮る?」 「……ぇ?」  でも、少し目立つっていうか。その……やっぱり男子がここで……。 「あー……でも」  僕は、って、撮りたいけど……って、躊躇ったんだ。 「やっば! パネルあるじゃん!」  そこに、どーん、って肩がぶつかって弾き飛ばされた。  女の子二人。一人の子は淡いピンク色の髪を綺麗にくるりと巻いていて、もう一人の子は金髪で。モデルとかなのかなってくらい派手で。 「写真撮ろうよ」 「やば! 撮る!」  たぶん地味な僕は目に入らなかったんだと思う。こういうのってけっこうある。なんとなく「ちぇ……」って思うけど、もう仕方ないっていうかさ。これ、欲しい人! って言われて、手を挙げても絶対に見つけてもらえなかったり、学校でも、これは絶対に正解! っていう時もどんなに自信満々で手を挙げても、あててはもらえなかったり。そんな小さな「ちぇ……」がよくあるんだ。  だから、これも、そんな感じでさ――。 「グリーン、行、」 「写真撮ってもいい?」  本、ポスカ付きの先生の新作だけ買って帰ろうって思ったんだ。でも、グリーンが僕の腕を掴んで、そうちょっぴり大きな声でピンク色の髪の子と金色の髪の子の耳に届くように声をかけた。  びっくりしてる。  びっくりするよ。そりゃ。急にイケメンの外国人に話しかけられたら。 「僕らが写真撮ろうとしてたんだ。ごめん悪いけど。写真撮ってもらっていい?」 「え? え?」  青葉。  そうグリーンが僕を呼んだ。  おいでって。  僕は。 「はい、チーズ」  きゅって肩が縮こまっちゃった。 「え、あ、あのっ」 「君らも撮るの?」 「あ、はいっ!」 「じゃあ、順番守って。僕らが先だったから。BLファン同士、お互いに気持ち良く楽しめるように」  それからグリーンはにっこりと笑って、彼女たちがグリーンに見惚れつつも差し出したスマホを受け取ると、二人を撮ってあげた。  彼女たちはいきなり出現したイケメン外国人に口をぽかんとあけて、こっちを眺めてる。 「グ、グリーン、あ、あの」 「よかったね」 「へ?」 「パネル。青葉、あの作品すっごい好きだから」  苦手……なんだ。ああいう女子って。別に意地悪されたわけじゃないし、さっきのだって本当に気が付いてなかっただけだと思うよ。グリーンが声をかけた時、ものすごくびっくりした顔してたから。  でも、僕は仕方ないなぁってそのままにしてる。いつも。残念って思ったまま。グリーンがいなかったらパネルの近くにもいけなかったかも。 「俺も、よかった」 「グリーンも?」 「こういうの写真に撮ってアップしてみたかったんだ」  かっこいい……なぁ。 「あの! グリーン!」 「?」 「あの、ありがと」  グリーンがいなかったらパネルちゃんと見れなかった。男子で目立つのとか、ちょっと躊躇うし。  グリーンが言ってくれなかったら写真撮りたいってならなかった。  いいなぁ。  ちぇ。  それで終わってた。 「ありがとうは俺だよ。傘入れてくれて、ここに一緒に来てくれて。写真、一緒に撮ってくれた」  そう言って笑うグリーンは。 「ありがとう」  すごくすごく、かっこよかった。

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