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第20話 君が来てくれた
「ごめ……青葉が来てくれるとか、そうだったら、部屋、片付けたの、に……」
「いーってば、寝てなよ」
フラフラしてるじゃん。
それなのにベッドの前にあるテーブルに置いてあった空のペットボトルを手に取ったから、慌てて奪った。
「いーから! 寝てて! 熱は」
「あー、えっと……三十……サンジュウキュウ、ド」
「高熱じゃんか」
「ん……」
「ほら、寝ないと。薬は?」
「朝、飲んだ……あとはずっと……寝てて」
「お腹空いてる? 喉は? スポドリとゼリー買ってきたよ。もう夕方だから食べられそうなら食べて薬飲んで寝たらいいよ。あ、っていうか、僕が帰る時、鍵のことがあるのか。寝る前には帰るから、ちょっと、なんか来ておいて、あんまり役に立ててないけど。あ! あと、プリント、もらってきた。あの、日本文化科の人から、渡してほしいって」
玄関を開けてくれた時、グリーンの髪がいつもよりボサボサしてた。今は横になりながら、少し苦しそう。
「ありがとう……青葉」
「ぼ、僕は、何も」
「ホッと……した」
一日中、寝てたんだ。きっと。
朝、具合悪いなって思って、薬とりあえず飲んで、それから横になったっきり。だって、寝てるしかない、じゃん。
「そっか……中島、かな」
「あ、名前はわからないけど。グリーンはいますか? って訊いたらその人がいろいろ話してくれた。風邪引いてるって。それからこのプリント渡してほしいって地図書いてくれた」
「きっと中島だ」
中島……君、ありがとう。
「あ、青葉」
「はい!」
なんでしょう。なんなりと、看護なんてやったことはないけれど。でもなんでもやりますって意気込んで返事をした。
「スポドリって?」
「へ? あ、意味? あ、スポーツドリンクのこと」
「あぁ、なるほど」
いつもはすごく元気に笑うのに。
「……平気?」
今日は笑顔がしんなりしてる。
「少し、そしたらゼリー食べようかな」
「! あ、うん! あの。三食分買ってきた! 桃、りんご、あと、オレンジとブドウは微妙な気がして、味かぶってたらごめん。青りんご」
「わぉ、青りんご大好きなんだ」
声もしんなりだ。
ふらりと起き上がると頭がすごく重たいのか顔をしかめた。
「買ってきたばっかだから冷たくて美味しいよ? どれにする?」
「じゃあ、桃」
「青りんごじゃないんだ」
ほら、笑顔がしんなり。
「好きなものは大事に取っとくタイプなんだ」
「あ、僕もそうだよ。えっと、スポドリ、これね。待って。あ! っていうか、コップ借りていい? でかいので買ってきちゃった。飲みにくいじゃん! もう! それと、残りのゼリーは冷蔵庫に入れていい?」
「あぁ、うん」
急いで冷蔵庫に入れて、今度はさっきコンビニでもらったスプーンを袋から出さなくちゃって急いで戻って。そしたらコップ忘れたからまた戻って、コップ持ってきたらそれにスポーツドリンクを注いで手渡した。
そんな僕に、またしんなりだけど、グリーンが笑ってる。
「……美味しい」
「そ? よかった。うちは風邪引くと大体ゼリー食べるんだ。つるんって食べられるから。具合悪くても喉の通っちゃう。そんで、薬飲んで寝る。そしたら治るよ」
グリーンはそれを聞いて、少しだけ眉をあげて首を傾げてから、小さな、小さな声で「じゃあ、これでばっちりだっ」て呟いた。
「グリーンは? いつも風邪引いたら何食べるの?」
「チキンスープ、かな。ジンジャーの入ったレモネードも飲むよ」
「へぇ、違うもんだね」
チキンスープかぁ。それにレモネード。ジンジャーってショウガだよね? なんか味の想像がつかないんだけど。蜂蜜レモンみたいのにショウガってことでしょ? チキンスープは美味しそうだけどさ。
「美味しくなさそうって思ってる」
「! あ、いや」
「身体が温まるからって、風邪引くといつもそれだった」
「へ、へぇ」
「俺はあんまり好きじゃない」
「!」
僕のリアクションにグリーンが笑った。さっきほどはしんなりしてない笑顔。
「ごちそう、さま……ゼリー美味しいよ」
「よかった。薬飲んで少し寝なよ。水も買ってきたからさ」
「ん」
スポドリだってお水だって両方あけちゃっていいよ。飲み切ってから次のを開けましょうっていうルールは健康時のみ適用だからさ。
グリーンはコップに入った水を口に含んで、風邪薬を飲みほした。お腹に少しでも食べ物を入れられたからなのか、それとも水分が取れたことで多少なりとも楽になったのか。
グリーンがふんわりと柔らかく笑った。
「少し寝なよ」
もうしばらくここで看病するからさって言ったら、ホッとした顔をしてた。そして、ゆっくりとベッドに寝転がると、大きく息を吐いた。
「グリーン、傘、ごめん」
「な、で……謝る?」
「だって、僕、そういうのちっとも気が付かなくて。雨でさ……」
気が利かないっていうかさ。グリーンだったらきっともっとスマートにさ、気が付いて、さりげなく濡れないようにしてあげたり、風邪引かないようにしてくれる気がする。けど僕は。
「本屋、すっごい長いこといちゃったし」
「楽しかったよ」
「けど」
「嬉しかったし」
「……」
あつ……。
指。
「ごめん。触っちゃった」
まだ少ししんなりしてた。
けど、でもちゃんと笑ってる。
笑って。
そして、寝転がりながら、ベッドのそばにへばりつく僕のほっぺたに、驚くほどすごく熱い指先が触れた。
「熱で見てる夢かと思って」
「……」
「けど、触れたから本物だ」
やっぱ、心細い……よね。
「当たり前じゃん」
一度目を閉じて。
「夢じゃないよ。初看病だからなんもしてないけど」
「う……う、ん、いてくれるだけで」
また目を開けて。
笑って。
もう一度目を閉じると、さっきまでとは全然違う柔らかい吐息がグリーンから聞こえてきた。
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