20 / 98

第20話 君が来てくれた

「ごめ……青葉が来てくれるとか、そうだったら、部屋、片付けたの、に……」 「いーってば、寝てなよ」  フラフラしてるじゃん。  それなのにベッドの前にあるテーブルに置いてあった空のペットボトルを手に取ったから、慌てて奪った。 「いーから! 寝てて! 熱は」 「あー、えっと……三十……サンジュウキュウ、ド」 「高熱じゃんか」 「ん……」 「ほら、寝ないと。薬は?」 「朝、飲んだ……あとはずっと……寝てて」 「お腹空いてる? 喉は? スポドリとゼリー買ってきたよ。もう夕方だから食べられそうなら食べて薬飲んで寝たらいいよ。あ、っていうか、僕が帰る時、鍵のことがあるのか。寝る前には帰るから、ちょっと、なんか来ておいて、あんまり役に立ててないけど。あ! あと、プリント、もらってきた。あの、日本文化科の人から、渡してほしいって」  玄関を開けてくれた時、グリーンの髪がいつもよりボサボサしてた。今は横になりながら、少し苦しそう。 「ありがとう……青葉」 「ぼ、僕は、何も」 「ホッと……した」  一日中、寝てたんだ。きっと。  朝、具合悪いなって思って、薬とりあえず飲んで、それから横になったっきり。だって、寝てるしかない、じゃん。 「そっか……中島、かな」 「あ、名前はわからないけど。グリーンはいますか? って訊いたらその人がいろいろ話してくれた。風邪引いてるって。それからこのプリント渡してほしいって地図書いてくれた」 「きっと中島だ」  中島……君、ありがとう。 「あ、青葉」 「はい!」  なんでしょう。なんなりと、看護なんてやったことはないけれど。でもなんでもやりますって意気込んで返事をした。 「スポドリって?」 「へ? あ、意味? あ、スポーツドリンクのこと」 「あぁ、なるほど」  いつもはすごく元気に笑うのに。 「……平気?」  今日は笑顔がしんなりしてる。 「少し、そしたらゼリー食べようかな」 「! あ、うん! あの。三食分買ってきた! 桃、りんご、あと、オレンジとブドウは微妙な気がして、味かぶってたらごめん。青りんご」 「わぉ、青りんご大好きなんだ」  声もしんなりだ。  ふらりと起き上がると頭がすごく重たいのか顔をしかめた。 「買ってきたばっかだから冷たくて美味しいよ? どれにする?」 「じゃあ、桃」 「青りんごじゃないんだ」  ほら、笑顔がしんなり。 「好きなものは大事に取っとくタイプなんだ」 「あ、僕もそうだよ。えっと、スポドリ、これね。待って。あ! っていうか、コップ借りていい? でかいので買ってきちゃった。飲みにくいじゃん! もう! それと、残りのゼリーは冷蔵庫に入れていい?」 「あぁ、うん」  急いで冷蔵庫に入れて、今度はさっきコンビニでもらったスプーンを袋から出さなくちゃって急いで戻って。そしたらコップ忘れたからまた戻って、コップ持ってきたらそれにスポーツドリンクを注いで手渡した。  そんな僕に、またしんなりだけど、グリーンが笑ってる。 「……美味しい」 「そ? よかった。うちは風邪引くと大体ゼリー食べるんだ。つるんって食べられるから。具合悪くても喉の通っちゃう。そんで、薬飲んで寝る。そしたら治るよ」  グリーンはそれを聞いて、少しだけ眉をあげて首を傾げてから、小さな、小さな声で「じゃあ、これでばっちりだっ」て呟いた。 「グリーンは? いつも風邪引いたら何食べるの?」 「チキンスープ、かな。ジンジャーの入ったレモネードも飲むよ」 「へぇ、違うもんだね」  チキンスープかぁ。それにレモネード。ジンジャーってショウガだよね? なんか味の想像がつかないんだけど。蜂蜜レモンみたいのにショウガってことでしょ? チキンスープは美味しそうだけどさ。 「美味しくなさそうって思ってる」 「! あ、いや」 「身体が温まるからって、風邪引くといつもそれだった」 「へ、へぇ」 「俺はあんまり好きじゃない」 「!」  僕のリアクションにグリーンが笑った。さっきほどはしんなりしてない笑顔。 「ごちそう、さま……ゼリー美味しいよ」 「よかった。薬飲んで少し寝なよ。水も買ってきたからさ」 「ん」  スポドリだってお水だって両方あけちゃっていいよ。飲み切ってから次のを開けましょうっていうルールは健康時のみ適用だからさ。  グリーンはコップに入った水を口に含んで、風邪薬を飲みほした。お腹に少しでも食べ物を入れられたからなのか、それとも水分が取れたことで多少なりとも楽になったのか。  グリーンがふんわりと柔らかく笑った。 「少し寝なよ」  もうしばらくここで看病するからさって言ったら、ホッとした顔をしてた。そして、ゆっくりとベッドに寝転がると、大きく息を吐いた。 「グリーン、傘、ごめん」 「な、で……謝る?」 「だって、僕、そういうのちっとも気が付かなくて。雨でさ……」  気が利かないっていうかさ。グリーンだったらきっともっとスマートにさ、気が付いて、さりげなく濡れないようにしてあげたり、風邪引かないようにしてくれる気がする。けど僕は。 「本屋、すっごい長いこといちゃったし」 「楽しかったよ」 「けど」 「嬉しかったし」 「……」  あつ……。  指。 「ごめん。触っちゃった」  まだ少ししんなりしてた。  けど、でもちゃんと笑ってる。  笑って。  そして、寝転がりながら、ベッドのそばにへばりつく僕のほっぺたに、驚くほどすごく熱い指先が触れた。 「熱で見てる夢かと思って」 「……」 「けど、触れたから本物だ」  やっぱ、心細い……よね。 「当たり前じゃん」  一度目を閉じて。 「夢じゃないよ。初看病だからなんもしてないけど」 「う……う、ん、いてくれるだけで」  また目を開けて。  笑って。  もう一度目を閉じると、さっきまでとは全然違う柔らかい吐息がグリーンから聞こえてきた。

ともだちにシェアしよう!