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第24話 緑君が赤になる

 あんまりグリーンが英語で話してるのって……いや、あんまり、どころじゃなくて初めて見たかも。だから、あまりに綺麗な、まるで本当の外国の方みたいな英語の発音、見惚れたというか。  聞き惚れたというか。  なんて、思ってる場合じゃなくて。 「は、はへ? え? なんで、グリーンがここに?」 「……ちょっと、用事が」 「そうなんだ」  ぎゅっと眉を。  ぎゅーっとしかめてとっても整った顔を、ぎゅーっと険しくさせた。 「それにしても偶然だね」  あ、もっと、ぎゅーっとした。 「……」  そして、珍しく口籠ってて。 「…………あのぉ、富永君」 「は、はい!」 「それじゃあ、俺、行くね」 「あ、はい! またえっと」 「火曜日、ね」  そうだそうだ。火曜日でした。次の僕のシフト入ってるの。  頭を下げると坂部さんがヒラヒラと掌を振って角を曲がりどこかへと去っていった。 「……グリーンもここで懇親会になったとか? って、え? えぇ?」  ものすごく、なんというか不思議な表情をしてるんだけど。怒ってるような眉間のシワに、ひねくれ者みたいなへの字口に。そして、照れ屋さんみたいな真っ赤なほっぺた。  アルコールは、飲んじゃダメな年齢のはずなんだけど。  酔ってる? とか?  だからそんな摩訶不思議な表情をしてるの?  僕なんてチビ助だからいつまで立っても身長でアルコール飲ませてもらえなさそうだけど、グリーンはカッコいいから、二十歳ですって言っても通るっていうか。大人っぽいんだよね。だからって飲んじゃだめだけど。 「今の、人は?」 「あ。坂部さん? バイト先の人。違う大学に通っててさ。偶然さっき会ったんだ」 「……」 「頭になんかついてる? 僕」 「……葉っぱが」  じゃあ、それを取ろうとしてくれてたんだ。 「今、トイレに行く時に部屋にあった観葉植物のかも。葉っぱ取れちゃったんだ。申し訳ない。それを今取ってくれようとしたんだね、きっと」 「……」 「……ぇ、えぇ? グリーン?」  真っ赤だよ。  グリーン、緑君が真っ赤です。 「あの」 「ごめん」 「?」 「間違えた」 「間違えた?」 「そう、さっきの人、青葉にちょっかいを出そうとしてる酔っ払いかと」 「は、はい?」  はぁと溜め息をついて、グリーンが自分の口元を手で抑えると、通路の壁に寄りかかった。 「グリーン?」 「慌てた」 「?」 「そして、ごめん」  もう一度溜め息をついて。 「気になって来ちゃったんだ。その、懇親会、ここでやるって青葉が言ってたから。でも、つけてたわけじゃない! ……いや、ストーカーみたいだけど。青葉があまり行きたくなさそうにしてて、大丈夫かなって」  そして、もう一度小さな声でグリーンが「ごめん」って呟いた。 「さっきの人は……バイト先の人なのか」 「うん」 「頭に葉っぱ」 「うん。あおっぱ。なだけに」  ここ、あまり笑いのセンスのない僕なりに、グリーンのことを笑わそうと思ったんだけど……。  グリーンは小さく笑って、また溜め息を。 「懇親会はどう?」 「あ! それがさ、なんか進路相談会みたいになってて、むしろ、お友達が、とか心配してる場合じゃなかったんだ」 「そうなの?」 「うん。就活アドバイスとかたくさん聞けたっていうか今も聞いてて」 「そっか」  うん。って、コクンと頷いた。  少し、ほぅって、呼吸が。  ついさっきまで鶏胸肉のマリネがまぁ喉を通らなくて、もうもう胸がいっぱいで大変だったんだ。  だから、グリーンと話せてさ。 「なんか、ごめん。こんなとこまで来て、会う気はなかったんだ。会えたらって思ったけど。俺も近くで同じ学科の人たちが食事会してて、で、それならってこっちに……」 「ホッとしたよ?」 「……」 「グリーンと話せて、ホッとした。知らない人ばっかだったし、話もすごくてさ」 「……」 「だから。グリーンと話せてすごいホッとした。むしろ心配かけてごめん。さっきのグリーン、英語すっごい上手だった。びっくりするのも変だけどびっくりした。かっこよかったぁ」  ポカンとしちゃったもん。 「にしても坂部さんが何に見えたんだよー。喧嘩してそうだった? ほわほわした優しい人だよ」 「……き、だから」 「え?」 「青葉のこと、好きだから」  ポカンってさ。 「誰かが触れようとしてるって、咄嗟に身体が動いたんだ」 「……」 「俺、青葉を」 「あれ? え? グリーン、君? あの、え? え? ウソ」 「えー? あ、グリーン君だ! ウソー! なんで? え? ちょ、どこかで飲んでるんですか? あ、言ってたかも! 日本文化科近くで食事してるって。あの、私たち」  僕と同じ学科の女の子二人がグリーンを見つけてもうテンション上りまくりだった。そりゃそうだ。すっごいイケメンって大学でも有名なのに、日本文化科の女子がいつも周りにいるから、他の学科の女子がちらほら日本文化科に入りたいって言ってたりするって、山本から聞いてる。だから、その周りを囲んでる女子がいないフリー、グリーンにテンション上がらないわけない。 「うちら、ここで懇親会やってるんです。就活の話とかも聞けるから」  あ、うん、確かに聞ける。そして、胸がいっぱいになるくらいにたくさんためになることを聞けます。 「是非是非! 乱入してください」 「あ、いや、あの」  乱入って頼んでするものではないような気がするんですけど。勝手に入ってくるから乱入なわけで、この場合は加入なのではないでしょうか、と言葉を気にしてみたり。 「えっと……」  困惑会、だ。ほら、困惑したままグリーンが会の中へと引き摺り込まれてる。でも、僕はそれをポカンとしながら見てた。なんか、思考回路がやや停止してて。ただいま徐行運転なみにしか動かないんだ。  だって。  そうだよ。  そうだったよ。 「……」  グリーンってさ。 「……」  僕のこと、好き、なんだ。

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